先端素材関連物質のポルフィリン代謝系への影響と評価

 先端技術産業の進展は著しく、これら先端技術を支える素材には数多くの物質が検討され、過去にほとんど用いられてこなかった新しい物質が広く利用されるようになった。とくに、ホウ素族元素化合物ガリウム・ヒ素(GaAs)およびインジウム・ヒ素(InAs)などとして半導体や超伝導物質などとして広く有用されている。さらに希土類元素においてもその特異的な物理化学的特性からその単体および化合物はスマホはじめ先端技術産業における合金、エレクトロニクス、セラミックス、触媒、原子炉材料のほか、磁性や誘導性を利用した超電導物質の素材として、また、医用材料として各種先端機器や人工歯根材料に、さらに、農業用肥料としても広く利用されている。
 これら元素のうち、ヒ素の毒性については古くて新しい問題であるが、いまだに健康障害の機序がはっきりしていないし、その生体影響評価指標も確立されていない。また、先端産業において開発・利用される上記元素化合物については、生物・生体影響が殆どわかっていないものが多い。先端産業によって生産される各種製品はヒトが生活習慣的に接触を受け、最終的には生活環境中へ放出されることから、新たな環境問題も引き起こしかねないという危惧が残る。
 そこで、これらの各種元素や化合物がポルフィリン代謝酵素に及ぼす影響並びに各元素間の生体内相互作用についてin vivo、in vitroの実験をおこなった。その結果、この代謝系が鋭敏に影響を受けることを確認し、生体影響指標となることを確認した。また、ポルフィリン代謝系の感度は良く、低濃度の生体影響指標として有用と思われた。以下のPDF参照。(近藤雅雄、2025年5月10日掲載)

PDF:先端素材とポルフィリン代謝

ポルフィリン代謝物の概要:基準値,生理的変動,測定意義等

 ポルフィリン代謝経路はALAからPPにFe2+がキレートしてヘムが生産されるまでの経路をいう。この代謝には8個の酵素とその代謝産物が発生する。ヘム合成異常はポルフィリン代謝の特徴から障害酵素までの中間代謝物が過剰生産・蓄積し、これが組織の機能を障害するだけでなく、ヘム生産の減少に基づくヘム蛋白の多様な機能に重大な影響を与える。したがって、ポルフィリン症などのポルフィリン代謝異常症では生体のさまざまな機能障害に基づく、多彩な臨床症状を診るのが特徴で、診断が難しい理由となっている。

 ポルフィリン代謝関連物質の測定はポルフィリン症の確定診断や鉛作業者の職業病検診に重要である。そこで、ポルフィリン代謝関連物質の内、中間代謝産物を中心に、そのプロフィール、基準値、異常値を示す疾患、臨床的意義、検査のすすめ方などに関する諸情報をまとめた。測定(検査)の具体的方法については本資料集「ポルフィリン症の鑑別診断法:生化学診断および酵素診断、2025年4月21日掲載」を参照されたい。

 民間の臨床検査会社ではポルフィリン代謝産物の検査は需要とコストの関係から行なわれていない。鉛中毒予防規則の一環としてポルフィリン代謝のごく一部の検査が行われているだけである。ポルフィリン症の確定診断は不可能である。海外では行われている。また、ポルフィリン症の専門家は極めて少なく、多くの医師はデータに誤りがあっても、その誤りを指摘・確認できないことが多く、診断を困難にしている。そこで、以下の症状などが診られた場合には必ずポルフィリン症を疑い鑑別検査を行うことを勧める。診断は厚生労働省が出した指定難病ポルフィリン症の“診断基準”に従う。
1.原因不明の光線過敏症で、皮膚露出部に水疱形成、瘢痕形成、色素沈着、皮膚の脆弱性などを診る場合。または日光被曝直後の皮膚の激しい痛み、腫脹、発赤が診られる場合。
2.原因不明の激しい腹痛、嘔吐、便秘(または下痢)、イレウスなどの症状や多彩な神経症状が診られる場合。
3.1と2の両者が混在して診られる場合。
4.肝機能障害と光線過敏症が合併している場合。
5.家族歴がある場合は不顕性遺伝子保有者の早期診断を行う。
 
 ここでは正確な早期診断の実施を期待して、民間検査機関(殆どが米国の検査会社に外注している)が行っているポルフィリン代謝関連物質の測定項目を中心に、その意義を以下のPDFにまとめた。なお、鉛作業者の場合は労働安全衛生法による鉛中毒予防規則に従って測定する。(近藤雅雄、2025年4月25日掲載)

PDF:ポルフィリン代謝産物の概要:測定とその意義

ポルフィリン尿症:鉛中毒のポルフィリン代謝異常と臨床

 鉛が生体に及ぼす影響として最も鋭敏なのがポルフィリン代謝である。鉛中毒では貧血や疝痛、神経症状など急性ポルフィリン症と類似の中毒症状をきたすが、急性ポルフィリン症と治療法が異なることから両者の鑑別診断が重要となる。
 鉛によるポルフィリン代謝異常は造血系、肝、腎などで認められている。鉛の生物学的曝露指標として血液中鉛量(Pb-B)や尿中ALA、赤血球プロトポルフィリン(PP)、δ-アミノレブリン酸脱水酵素(ALAD)が用いられる。ALAD活性は他の指標に比して低濃度鉛曝露の評価には有効だが、Pb-Bが40µg/dlを超える場合は指標にならず、労働衛生現場での鉛健診には用いられていない。また、Pb-Bが40~50µg/dlから血液中亜鉛プロトポルフィリン(ZP)、尿中δアミノレブリン酸(ALA)、コプロポルフィリン(CP)Ⅲの著明な増量がみられる。
 慢性・亜急性中毒では、無痛性の伸筋麻痺、視力障害、握力減退、手指の振戦、筋肉痛、関節痛、貧血を生じ、高濃度の場合は鉛蒼白、鉛縁が見られる。Pb-Bが80µg/dl以上では造血系障害として鉛貧血、好塩基性斑点赤血球、鉄芽球が出現する。急性中毒では興奮や不安、食欲不振、頭痛、意識障害を認め、150µg/dl以上で疝痛や嘔吐が認められる。鉛中毒の特徴的な末梢神経症状として神経筋症状や手首の伸筋麻痺(鉛麻痺)による下垂手(落下手)がある。下垂手は急性ポルフィリン症では見られない。
 鉛中毒ではCPⅢとペンタカルボキシルポルフィリン(PENTA)Ⅰが過剰に排泄されることが特徴であり、他の遺伝性ポルフィリン症と異なったパターンを呈する。(近藤雅雄、2025年4月19日)

PDF:鉛中毒のポルフィリン代謝異常

「漢方薬」の「薬」はくすり,クスリには必ずリスクがある

 漢方薬に関心のある人が多いと思います。西洋医学で治らない病気であれば、中医学を調べようと言うことでしょうか。
 漢方薬も薬(クスリの反対はリスク)ですので必ず副作用はあります。これまでにも多くの事故、副作用事例が報告されています。
 約35年前に経験した実話です。某開業医より漢方薬を処方された患者が腹痛・嘔吐など急性腹症はじめ急性ポルフィリン症と同じような消化器症状、精神・神経症状などが発症したため、確定診断を目的に某国立大学医科学研究所附属病院の医師から検査依頼を受けたことがありました。検査の結果、尿中の5-アミノレブリン酸(ALA)が高値で、ポルホビリノゲン(PBG)は正常でした。また、尿中のポルフィリン排泄パターンおよび血液中のポルフィリンパターン、ALA脱水酵素活性鉛中毒と一致、さらに、血液検査を行った結果、鉛が大量出てきたので急性ポルフィリン症ではなく、急性鉛中毒と診断しました。患者は鉛のキレート療法で治療したそうです。
 鉛を含む漢方薬を処方した開業医は2名いましたが、両者共偶然に同じ某有名私立大学医学部出身でした。2人は大学から厳しく指導されたそうです。
 漢方薬もクスリですので副作用はあります。漢方薬を服用するときには複数の医師や漢方薬・生薬認定薬剤師の資格を持つ薬剤師と相談することをお勧めします。
(近藤雅雄、2025年3月13日掲載)

公害認定に関わる慢性砒素被曝者の症状と新たな生体指標

本原稿は、専門誌「ポルフィリン」7巻1号:51-57頁,1998年7月に掲載された筆者らの論文「慢性砒素被曝経験者のポルフィリン代謝異常」を修正して掲載した。

 某国立大学附属病院にて、OO県にあった「某砒素(As)鉱山」地域で生まれ育った38歳女性(A氏)が23年前に常染色体優性遺伝の急性間歇性ポルフィリン症(AIP)と診断され、兄もその病気で死亡したと伝えられていた。その後、A氏は妊娠を希望し、某私立医科大学附属病院に相談し、病気の発症予防のための管理を依頼した。そこで、病院より病状把握のため血液、尿、糞便を採取し、筆者にポルフィリン代謝関連物質の検査を依頼された。
 その結果、生化学および酵素診断によって、20年以上経って初めてAIPではないことが判明した。同時に、砒素中毒に特異的な、新たなポルフィリンの代謝異常を見出した。その原因を究明するためにA氏の家族歴、生活習慣・環境因子などの調査を行った結果、砒素被曝経験(中学卒業迄の15年間、鉱山地域の井戸水を飲用していた)があることがあった。そこで、同じ地域に住む2名を加え、合計3名のポルフィリン代謝について検討した結果、その代謝異常が砒素中毒に特異的であったことから、慢性砒素中毒の新たな生体指標となることが推測された。(近藤雅雄:2025年2月26日掲載)
PDF:砒素中毒における新たな生体指標の発見

鉛中毒の新たな国際問題と中毒発症・病態及び生化学機序

 鉛は、採鉱、精錬、成型が簡単であったため古代から生活必需品として有用されてきた。ローマ帝国時代には、水道管、陶器用、化粧品、外用薬、塗料、料理用鍋類、食物用容器、酒の貯蔵などに使用された。このため鉛中毒が多発し、ローマ文明は衰退したといわれている。1994年、ベートーベンマニアがロンドンのサザビーでベートーベンの遺髪数本を7,300ドルで落札し、その内の2本の解析を米国のウォルシュ博士に依頼した結果、通常量の100倍多い鉛が検出された。彼の死因は長い間、梅毒死亡説が有力であったが、鉛の検出によって、肺炎治療に処方された鉛含有薬剤が原因で肝硬変を併発し、鉛中毒で死亡したと思われる。
 鉛中毒は急性ポルフィリン症と似て、消化器症状、精神神経症状、造血障害、腎障害など多彩な症状を呈し、生命にかかわる重大な疾患である。国連は2020年07月31日、世界の子ども3人に1人が鉛中毒であると警鐘を発した。世界中で最大8億人の子どもが、水質・大気汚染が原因で鉛中毒になっていると警告する特別報告書を30日、国連児童基金(ユニセフ)が発表した。
以下、下記の論文PDFを参照してください。(近藤雅雄、2025年2月24日掲載)
PDF:鉛中毒の新たな問題

有害元素5.鉛(Pb)の概要及び中毒症状と発症機序

 鉛の使用量は1991年で42万トンと言われているが、その大部分は蓄電池製造用に、残りは無機薬品、はんだ、鉛管、鉛板などに利用されている。わが国の産業現場では作業環境の改善と鉛予防規則による健康診断の実施が行われているが、零細な職場での慢性鉛中毒やときには漢方からの鉛中毒が散発しているので、以下のことを認識し、中毒症状が出現した場合は適切な処置をとることが必要である。
 鉛は粉じんまたはヒュームの形で存在することが多く、気道が主たる進入経路で、その40~50%が肺に取り込まれ、体内に残留すると考えられている。血流中の鉛の大部分が赤血球とともに存在し、全身の臓器や組織に運ばれる。特に、骨への蓄積の割合が大きく約90%を占めるが、大部分は不活性の形で沈着する。骨への平均滞留時間は27年と長い。
 吸入された鉛の一部には、経口摂取され消化管に入るものもあるが、消化管からの鉛の吸収は5~10%で、ほとんどは腸管を素通りして糞便とともに排泄される。その他、不感蒸泄、汗、落屑皮膚、脱落毛、爪などへも排泄される。

1.中毒の発症機序
 生体内ヘム合成・代謝系の酵素、とくに5-アミノレブリン酸脱水酵素と鉄導入酵素を強く阻害するため、ポルフィリンの代謝異常を中心とした様々な中毒症状が出現する。

2.中毒症状
 鉛中毒の主要症状は、貧血、腹部症状、神経症状の三つである。 腹部症状としては便秘、下痢、食欲不振、腹部膨満感、悪心、嘔吐、腹部の鈍痛、圧痛と多様な症状を引き起こす。特に鉛疝痛といい、小腸の痙攣性収縮に伴う発作性の激しい腹痛をおこす。神経症状としてはしびれ、筋力低下、筋萎縮などの末梢神経障害、頭痛、めまい、見当識障害、錯乱、意識障害などの中枢神経障害(鉛脳症)を起こす。その他、鉛顔貌(顔面が蒼白、貧血)、歯肉の鉛縁(歯肉への硫化鉛(PbS)の沈着)、垂れ手(下垂手)など、症状は多彩である。

コラム
○下垂手(垂れ手)

 鉛中毒の特徴的症状であり、指、手関節の伸展ができなくなり、両腕が垂れた状態となる(いわゆる幽霊の手)。垂れ足も起こる。すなわち、日本の幽霊は鉛中毒であり、肌が白いことが美人として呼ばれた時代に化粧として鉛白を利用していたことが原因であろうと思われる。現代は勿論、鉛白は使用されていない。(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)

有害元素4.ヒ素(As)の概要及び中毒症状と発症機序

 ヒ素は金属精錬、合金添加元素、特殊ガラス、農薬、顔料、半導体などに使われており、これらの製造に関与している人の場合、年に2回の健康診断が義務付けられている。ヒ素による毒性は、化学形に依存しており、一般に無機ヒ素は毒性が強く、有機ヒ素は毒性が弱い。海産物中のヒ素の多くは有機ヒ素化合物であり、人が摂取しても速やかに尿中に排泄される。また、無機ヒ素が微量に取り込まれたとしても、肝臓中でメチル化され尿中に排泄される。
 日本人が常食しているひじきには発がんのリスクが指摘されている無機ヒ素を多く含有している(22.7mg/kg)。そこで、英国食品規格庁(Food Standards Agency, FSA)は2004.7.28に英国民に対してひじきを食べないように勧告し、厚生労働省でも食品安全委員会、農林水産省など関係省庁と連携し、国際的な状況など調査を開始しようとしている(2004年)。

1.中毒の発症機序
 3価または5価のヒ素が、体内でシステインのチオール基(SH基)などに結合することにより、これを含む酵素やタンパク質の機能(とくにATP合成酵素と、呼吸鎖系酵素)を阻害するためと考えられている。

2.中毒症状
 急性中毒症状として、嘔吐、血性下痢、激しい腹痛などの胃腸障害(コレラ様下痢)、頻脈、血圧および体温低下などの基礎代謝の低下、痙攣、呼吸麻痺などの麻痺型の症状、腎不全、黄疸、末梢神経炎などが起こる。
 慢性中毒症状では全身の倦怠感、爪、毛髪の萎縮、欠損、皮膚の角化および色素異常(黒皮症)、鼻中隔穿孔、気管支炎、多発性神経炎(脚気)、発熱なども起こる。

コラム<中毒例>
○森永ヒ素ミルク事件

 1955年の夏に岡山、広島県を中心に起きた食品汚染による中毒事件。被災児は12,131名にのぼり、発熱、嘔吐、皮膚の色素沈着、黄疸などに苦しみ、130名が死亡した。生き残った者も、身長が同年齢平均より明らかに低く、脳波の異常所見や難聴の出現率が高いなどの重大な影響が残った。粉ミルクの安定剤に使用していた第二リン酸ソーダに、3~9%混入していた亜ヒ酸ソーダ(NaAsO2)が原因である。(2015年8月11日掲載:近藤雅雄)

有害元素3.水銀(Hg)の概要及び中毒症状と発症機序

 水銀は無機、有機の形で広く利用されている。無機水銀としては各種の電極、計器、医・農薬、歯科用アマルガム、水銀灯などの製造、有機水銀としては種子の消毒薬、防黴剤、医薬品などの製造、殺菌剤などの製造に従事しているヒトは年に2回の健康診断が義務付けられている。
 水銀の代謝は、無機水銀は一般に腎臓に最も多く蓄積し、腎障害を引き起こす。次に肝臓に蓄積するが、脳にはあまり蓄積せず、中枢神経障害例はほとんどない。呼吸による吸収率は、75~80%に対し、経口による腸管吸収は5%以下と低い。全身の生物学的半減期は29~60日で、腎の生物学的半減期は、全身のそれよりも長い。一般に腎に集中する傾向があるが、低濃度投与では、水銀は胆汁および糞便中に排泄され、投与量の増加とともに尿中への排泄率が高くなる。
 有機水銀であるメチル水銀は、95%が腸管に吸収される。体内蓄積はほぼ全身に一様であるが、脳、肝臓、腎臓にやや多く、脳では低レベルでの蓄積障害がみられる。逆に、摂取されたメチル水銀の半量が体外に排泄されるのに約70日もかかり、毎日摂取し続ければ、摂取と排泄が等しくなるまで体内蓄積は増加する。

1.中毒の発症機序
 無機的水銀の毒性はタンパク質のSH基と結合し、細胞機能としての解糖系、酸化還元系、また神経伝達系などの酵素機能障害が原因とされるが、メチル水銀の作用機序は必ずしも明らかになっていない。
 ヒトが食物とともにメチル水銀を摂取すると、胃液の作用で塩化メチル水銀(CH3HgCl)となり、これから塩素の電気陰性度が高いためにCH3Hg+が生じ、これがタンパク質や酵素に含まれるSH基に強く働き、H+の代わりにS-に強く結合するため、タンパク質や酵素の機能が阻害される、と考えられている。

2.中毒症状
 無機水銀によるものと、有機水銀によるものとに大別される。両者の間には症状、病理所見、中毒の原因となっている毒物の体内分布(臓器親和性)、生体内滞在時間などに違いが見られる。
1)無機水銀中毒
○急性中毒

 口内炎、消化器症状(腹痛、嘔吐、下痢)、流ぜん(よだれをたらすこと)、腎臓の細尿管壊死が起こる。腎障害(無尿、尿毒症)でしばしば死に至る。水銀蒸気を吸入した場合、呼吸器が冒され、肺炎などを起こす。

○慢性中毒
 主として神経症状があらわれる。流ぜん、唇や歯茎の青い変色、歯の抜け落ち、頭痛、めまい、記憶障害、不眠、極度の内向性、情緒不安定(いらだち、不機嫌、怒りやすい)、神経過敏などの精神症状、振せん(手指の震え。順次、まぶた、唇、舌、頭、手足などに及ぶ)言語障害、歩行障害、運動失調などが起こる。ただし、アルキル水銀中毒のような強い運動失調や視野狭窄(メガホンで物を見るような)は起こらないとされている。

2)有機水銀(メチル水銀)中毒症状
 低レベルでの蓄積障害は、脳にのみあらわれる。脳の細胞膜が溶解し、大脳下部から細胞が破壊(軽石、空洞化)するので、回復不可能の中毒障害となる。
 症状は四肢・全身のしびれ、視力障害、難聴、自律神経・神経障害、運動失調、知覚障害、視野狭窄、言語障害が起こる。重度になると精神障害にまで及ぶ。催奇形性、遺伝的毒性があり、胎児期に大量暴露を受けると脳性麻痺、痙攣、盲目が起こる。これらの症状は、短期暴露者では、一時回復するが、長期暴露では不可逆的である。

コラム<中毒例>
○水俣病

 1953年~1960年に水俣湾沿岸の漁業家族に見られ、百数十人もの患者と、その内3分の1強の死者を出した。また、先天性水俣病22名を出した。これは無機水銀の有機化によるメチル水銀を生物濃縮して多量に含んだ魚介類を食べたために起きたものである。同様の事件が、1965年、新潟県阿賀野川沿岸でみられ、新潟水俣病(第二水俣病)と呼ばれている。

○イラクの種麦水銀中毒事件
 1971年秋から1972年にかけて、イラクで集団発生したメチル水銀中毒。6530人が病院に収容され、そのうち459人が死亡したといわれている。これは、多数の農民がメチル水銀で消毒した種小麦を自家製のパンにして食べたことが原因であり、臨床症状の細部においては水俣病像のそれと必ずしも一致しない。日本では、この中毒事件の2年後、1974年から種子の消毒に水銀剤が一切使われなくなった。
(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)

有害元素2.カドミウム(Cd)の概要及び中毒症状と発症機序

 精錬、加工、電池製造、顔料、はんだ、銀蝋、合成樹脂の安定剤などの作業に従事する場合は年に2回の健康診断が義務付けられている。カドミウムの主たる暴露経路は吸入と経口摂取で、亜鉛と同様に小腸から約6%吸収される。しかし、カルシウムやタンパク質、鉄が欠乏していると、10~20%程度にまで上昇する。
 カドミウムの代謝の特徴は、体内蓄積性が高いことである。カドミウムの生物学的半減期は8~30年と長く。体内のカドミウムのうち、その約3分の1は腎臓に、また6分の1が肝臓に蓄積する。腎臓に蓄積したカドミウムは腎臓の細胞を破壊するため、腎障害を起こす。

1.中毒の発症機序
 カドミウムは亜鉛と化学的性質が類似し、そのため、生体中の多くの亜鉛含有酵素の亜鉛とカドミウムが置換し、酵素の阻害を起こす。また、細胞中のタンパク質のイオウと非特異的に結合するため、生体内のイオウ(含流アミノ酸)を含む多くの酸化還元酵素の活性を阻害する。

2.中毒症状
 カドミウムは呼吸器を強く刺激するとともに、腎障害を引き起こす。多量経口摂取時には、催吐性がある。

1)急性中毒
 カドミウムのフュームに暴露すると、咽喉頭、気管の刺激症状、胸痛、頭痛、咳、呼吸困難(間質性肺浮腫)が、経口摂取により胃腸症状(嘔気、嘔吐、腹痛、下痢)が生じる。また、悪寒、脱力感なども起こる。時には重症な肺炎を引き起こし、死亡する例もある。

2)慢性中毒
 中毒症状として、肺気腫、腎障害(尿細管不全)、たんぱく尿を3大徴候とする。呼吸器、消化器に関連した自覚症状を訴え、門歯、犬歯の歯茎の縁を取り巻く黄色環を認めることがある。
 呼吸器の症状としては鼻粘膜の潰瘍、無嗅覚症、肺気腫症状がみられる。
 腎症状は、尿細管機能障害によって低分子量のたんぱく尿、腎性糖尿、尿中アミノ酸の増加、尿濃縮力の低下、高カルシウムおよび燐尿、尿酸性化障害、高塩素血症、アシドーシス、低燐血症が認められる。その他、低血色素性貧血、肝機能障害、骨塩代謝異常など。
 疫学的研究によって、カドミウム作業者に肺と前立腺のがんの増加が認められている。ある動物実験では、肺がんと吸入によるカドミウム暴露との間にはっきりした量-反応関係が認められている。また、非常に高濃度に暴露された動物に催奇形性の影響が報告されている。

コラム<中毒例>
○イタイイタイ病
 
 富山県の神通川流域で、足腰に限られていた痛みがやがて全身に広がり、咳をしただけでも骨折するほど骨がもろくなり、骨の萎縮のために身長が20cm以上も低くなる、といった症状を呈する病気が発生した。
 この病気は1955年(昭和30年)にイタイイタイ病と名付けられ、1961年には、神通川上流の工場廃液、神通川流域水田土壌、農作物、河川魚類、イタイイタイ病患者の臓器や骨中に、カドミウム、鉛、亜鉛が高濃度に含まれていることが明らかになった。
 カドミウムの慢性中毒のもっとも顕著な症状は腎障害で骨軟化症は含まれていないが、イタイイタイ病ではカドミウム中毒による腎障害の結果、カルシウム・リン代謝異常が起こり、その結果、骨軟化症が引き起こされたと考えられている。

<カドミウムと亜鉛との関係>
 カドミウムは自然界において、亜鉛鉱とともに産出されるなど、亜鉛とともに行動することが多い。これは、両物質の化学的性質が類似していることに起因する。しかし、主体においては亜鉛とカドミウムは拮抗作用(薬物等を併用した場合、互いに薬効を減らす作用)を持ち、亜鉛をあらかじめ投与しておくとカドミウム毒性は軽減される。
(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)

有害元素1.ベリリウム(Be)の概要及び中毒症状と発症機序

 ベリリウムは工業用酸化ベリリウム(BeO)の製造、合金の製造に用いられ、これら作業に従事している場合は年に2回の健康診断が義務づけられている。
 ベリリウムの粉塵、フューム等は、肺から吸収されるものがほとんどで、消化器からの吸収率は低い。肺内から侵入したベリリウムの大部分は、血液中を移動し、骨や軟部組織に蓄積する。また、肺組織内、特に肺リンパ節内にも長期間残留する。体内に侵入したベリリウムの殆どは糞中へ排泄される。

1.中毒の発症機序
 生体内の重要な酵素類、特にアルカリ・ホスファターゼの阻害により、リン酸塩の代謝に影響を与える。また、核酸代謝系の酵素障害によって細胞増殖と複製を阻害する。

2.中毒症状
 ベリリウム症、ベリリウム病などと呼ばれる肺症状を伴う全身性の肉芽種性疾患を発症する場合があるが、ベリリウムに対する感受性には、個人差が大きい。

1)急性ベリリウム症
 急性中毒としては接触性皮膚炎および皮膚潰瘍、眼結膜炎、咽頭炎、気管支炎、肺炎などの障害が起こる。呼吸器障害(咳、痰)、労作時の疲れ、胸部痛と、食欲不振、全身倦怠感。症状が軽い場合には、風邪症状が出現する。また、可溶性ベリリウム化合物が皮膚に付着すると、接触性皮膚炎が、不溶性ベリリウム化合物が創傷面に付着すると、潰瘍や皮下肉芽腫が発症する。

2)慢性ベリリウム症
 慢性中毒としては肺肉芽腫性変化による慢性ベリリウム肺、皮下肉芽腫が起こる。呼吸器障害が主で、徐呼吸、慢性的な咳、発熱、血痰、胸と関節の痛み、心拍数の上昇、食欲減退、体重減少、疲労感、全身倦怠、全身衰弱などの症状が出現する。末期にはチアノーゼや心不全を伴う。
 心機能不全を伴う右心房の拡張、肝腫、脾腫、湾曲指肝機能障害、腎臓結石、骨硬化症、肉芽腫を伴う慢性肺炎、肺がんも認められている。(ただし、ベリリウムによる肺がんの誘発は動物腫に対して特異性が高く、ウサギ、ハムスター、モルモットなどの実験動物では、腫瘍は認められていない)
 胸部X線写真像上にベリリウム肺として知られる特異な変化が出現する。
(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)

有害元素は微量で急性中毒,慢性中毒を発症(環境医学)

 必須性が確認されてないが、微量で急性あるいは慢性中毒を起こすミネラルとしてベリリウム(Be)、カドミウム(Cd)、水銀(Hg)、ヒ素(As)、鉛(Pb)が広く知られている。このうち、水銀による水俣病、カドミウムによるイタイイタイ病、ヒ素によると宮崎土呂久事件はわが国の産業衛生の歴史上重大な公害病として語り継がれていかなければならない。
 また、これら金属に関連した職業に従事しているヒト、または従事していなくてもこれら金属は私たちの生活環境中に身近に沢山存在しており、これら金属中毒を起こす可能性はいつでも存在しているので、日頃からこれら有害元素についての基礎知識についても学習しておく必要がある。
 たとえば、和歌山カレー中毒事件や茨城の飲用水によるヒ素中毒事件など、また、他の金属による身近な装飾品からの接触皮膚炎、さらに必須元素であっても、サプレメントとしてセレン、クロム、亜鉛などなど過剰摂取することによって発症する中毒症例が多く報告されている。

 ミネラルの場合は他の栄養素と異なって、微量でも中毒を起こすことを念頭に、サプレメントとして摂取する場合は、成分を調べた上で(ほとんど記載されていないが)サプレメント含有当該元素による副作用(過剰症、あるいは中毒症状)を十分に考慮し、もしも症状が出現した場合には直ちに必要な処置を取ることが重要である。
(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)

ポルフィリンの検査はポルフィリン症,鉛中毒診断に不可欠

ポルフィリンの検査は遺伝性ポルフィリン症の確定診断や鉛作業者の職業病検診に不可欠である。また、近年、がんの診断・治療研究にポルフィリン代謝産物の測定が重要視され、注目されている。
(掲載論文:近藤雅雄.検査と技術 vol22 no6, p.411-418,1994) PDF:ポルフィリンの検査法