筆者が31年間,国立公衆衛生院にて楽しく教育・研究業務を遂行できたのは素晴らしき施設,設備,職員に恵まれたからであり,これらすべての環境に感謝を込めて回想しました。(近藤雅雄,2026年6月21日掲載)
国立公衆衛生院とは
元国立公衆衛生院(本院,The Institute of Public Health,IPH)の建物・設備は米国ロックフェラー財団の寄付によって誕生しました。本院は,1938(昭和13)年3月29日勅令第147号公衆衛生院管制の公布をもって厚生省の創立(1938年1月11日)から約2か月後に同省の直轄機関として,東京都港区白金台の北里柴三郎博士が創設した伝染病研究所(現在は東京大学医科学研究所)の隣に設置されました。設置に関しては米国ニューヨーク州のロックフェラー研究所(現在:ロックフェラー大学)の細菌学者野口英世博士と恩師の北里博士が関与した記録(文献1,5)があります。
本院は国および地方公共団体などで働く衛生技術者の資質向上を図るための養成訓練と公衆衛生に関する学理応用の調査研究を司る教育・研究機関として国内外の保健・医療,福祉・環境の分野に多大な貢献をしました。①教育課程としては系統教育課程(研究課程,専門課程,専攻課程),生涯教育課程(特別課程,特殊課程),国際教育課程(長期課程,短期課程)を持ち,わが国で初めてのSchool of Public Healthとして,公衆衛生の発展に貢献しました。また,②国際的には世界保健機関(WHO),日米医学協力プログラム,JICAなどを通じた国際協力を積極的に行いました。すなわち,国民の健康とQOL向上,公衆衛生の向上を目指した多分野の専門家からなる総合的な研修・教育・研究機関として,唯一無二の存在でした。
本院の教育・研究組織は時代に応じて変化,閉院時は3学系(情報・政策学系,対人保健学系,生活環境学系)16学部,生物実験実習施設,保健情報センター,国際協力センター,教育研究計画部,図書館および総務部からなり,わが国の公衆衛生発展に多大な貢献をしました。 本院の建物は東京大学の内田祥三教授(元東大総長,文化勲章受章者)によって設計された厳かな近世ゴシック風装飾を備えた現代建築です。1982(昭和57)年,本院は日本建築学会より当時の建築様式を示す優れた建物として選定され,「日本現代建築総覧」に収録されています。
国立公衆衛生院の学びと環境(施設,組織,職員)に感謝
筆者は1971(昭和46)年から2002年の終了時まで,厚生行政に関わるさまざまな研究および公衆衛生技術者への教育・研修に従事しました。本院の施設・設備は教育・研究環境の向上に十分配慮されただけでなく,自然の緑に覆われ,四階(右翼)の研究室からは富士山が見え,精神を集中し,教育・研究意欲を掻き立てる充実した職場環境でした。
本院に入った動機は,生命の根源物質であるポルフィリン・ヘムの巨大化学構造に興味を持ち、当時先駆的な研究が本院の生化学研究室で行われていたのがきっかけでした。この化学物質を中心とした学術研究,教育,難病の調査研究・患者支援など,最先端の「研究と教育」活動に従事したこの期間は人生最高の時間でした。
筆者は本院の全学部(16学部),動物実験中央研究室、図書館の各分野の専門家,100名(名称略)から各専門領域における実践的・総合的な近世の公衆衛生学を学ぶと同時に独学にて基礎を学び,修得しました。さらに,在職中は国際血液学会や日本内科学会など国内外30以上の学会に加盟し,常に最先端の医学,医療,保健及び環境科学などを学ぶと共に,国立感染症研究所など他の研究機関の専門家からも厚生科学を学びました。このような素晴らしき「環境と組織と研究者」に出会ったことは幸せでした。本院の元職員,そして施設を提供したロックフェラー財団にこころを込めて感謝します。
国立公衆衛生院と憲法第25条の「公衆衛生の向上及び増進」
日本国憲法第25条は「国は,公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めています。国がこの責務を果たすためには,厚生省において公衆衛生の研究・教育が推進されなければならない。第25条は国民の生存権の補償について定めており,同条第2項は,その生存権を具現するための三大シビル・ミニマムの一つとして「公衆衛生」を掲げています。つまり,「公衆衛生」という言葉には,国民の健康に対する国の公的責任という意味が含まれます。
本院は公衆衛生の総合性を担保するために①情報政策系,対人保健系,環境衛生系など公衆衛生の全部門を揃え,同時に②研究と教育を一元化する,という理念に基づいて設立され,わが国における公衆衛生学の一大拠点として活動しました。
しかし,1995(平成7)年、厚生行政の中心課題は生活習慣病となり,公衆衛生という言葉が消えました。そして,2002(平成14)年4月,本院は惜しまれながらも64年という短い歴史を閉じました。
おわりに ~公衆衛生は人類と共に在る~
他国では,公衆衛生は国民の健康増進,QOLの向上,感染症予防,公共衛生などを目的とした重要な「教育・研究」機関としての役割を担っています。公衆衛生は人類が生存する限り存続し続けるでしょう。
(現在,本建物は港区が購入,郷土歴史館複合施設「ゆかしの杜」として公開しています)
文献(参考資料)
本院の歴史,組織,教育訓練・研究活動,施設・設備,各部のあゆみなどの詳細は下記資料を参照してください。
1.記念誌「しろかね」-国立公衆衛生院64年の軌跡,-記念誌編集委員会編集 2002.10.15
2.国公衆衛生院の移転・再編1988-2001,公衆衛生研究,第51巻,特別企画号 2002.3
3.公衆衛生院ニュース,第24号,ー国立公衆衛生院創立50周年記念特集号,国立公衆衛生院編集,財団法人公衆衛生振興会発行1988.5.15
4.国立公衆衛生院,創立五十周年記念誌,国立公衆衛生院五十周年記念事業出版企画編集委員会1988.3.30
5.長田泰公,国立公衆衛生院の50年と将来展望,公衆衛生院研究報告,第37巻補遺,創立50周年記念号 1988.12
下の写真は筆者が撮影した本院の建物です。

また,PDFには良き国立公衆衛生院時代を回想しました。
PDF:国立公衆衛生院に感謝




