教育回想14. 東京都市大学人間科学部「紀要」の発行と巻頭言

 昭和13(1938)年,東急電鉄創業者五島慶太氏は世田谷区の等々力に東横商業女学校を創設しました。昭和30(1955)年,学校法人五島育英会(以下,法人と略)が設立され,翌年に東横学園女子短期大学と校名変更されました。時代は変わり,平成21(2009)年4月には武蔵工業大学(工学部,知識工学部,環境学部)と統合,新たに人間科学部と都市生活学部が創設され,5学部からなる総合大学として東京都市大学が誕生しました。そして,令和4(2022)年4月,人間科学部は等々力キャンパスから世田谷キャンパスに移転しました。また,人間科学部は2023年度より児童学科から人間科学科と科名変更され,「児童学」と「人間総合科学」の2つのコースとなりました。

<  さて, 1965年に創刊された東横学園女子短期大学紀要は新たに東京都市大学人間科学部紀要として引き継がれました。この紀要への投稿原稿には必ず査読が入り,学術論文誌として審査したことを覚えています。どれも萌芽性・独創性が高く,優れた論文ばかりでした。大学は教育機関であると同時に研究機関でもあります。紀要は学部の顔・看板として研究活動や学問的な特色を示すと同時に教員の研究業績及び学部の評価対象物ともなります。総合大学となってから16年が過ぎましたが,紀要の内容はグレードアップし,成長・進化しています。益々の発展を期待しています。

 紀要は大学のホームページで読むことができます。第1号に巻頭言を書いた記憶がありますが,USBに原本がありましたので,以下のPDFに示しました。当時は執筆時間が無く校正もしていないので,読みにくいです。ほんの少し修正しました。(近藤雅雄、2025年12月1日掲載)
PDF:人間科学部紀要巻頭言

研究回想6.世田谷区が福祉区民学会を創設して17年

 東京都世田谷区は、わが国ではじめて福祉に関する施設や事業所,大学,行政及び区民からなる「せたがや福祉区民学会(以下,区民学会)」を平成21(2009)年12月に創設しました。

 区民学会の会員は世田谷区内の福祉施設や事業所で働き,学び,研究する人と区民および行政で構成され,相互に対等平等な立場で,福祉実践活動の工夫や抱える課題などについての研究し,その成果を発表し,学びあい,区民福祉の向上を目指しています。大会は,区内の福祉系大学が持ち回りで会場校となり会員と学生ボランティアが一体となって開催しています。 こうした福祉関係者と住民,学生と行政が一緒になって研究発表する学会は,国内では初めてだろうと思います。そこで,創設時のメンバーの一人として,過去を回想しました。

 東京都市大学が2009年に開設されてから、しばらくして世田谷区社会福祉事業団、世田谷区福祉人材育成・研修センターの河畠修氏と鈴木誠作氏だったと思いますが来学し,区民学会設立に関する主旨、内容についての説明があり、参加要請されました。学会の初代会長は自閉症研究の第一人者石井哲夫先生、そして運営委員長が昭和女子大学教授の永山誠先生といった福祉関係の著名人でした。河畠氏と鈴木氏の熱意に打たれ、参加することを承諾しました。
 運営会議はいつも忙しい時に小田急線成城学園前駅近くにある福祉人材育成・研修センターの研修室Aに午後7時から開催。第1回の運営委員会は10名の委員がそれぞれ福祉の現状と将来を考え、熱心に議論したことを覚えています。当時、大学の加盟校は4校(昭和女子大,日大文理,駒大,都市大)でした。

 現在,区民学会は139団体,10大学が加盟し,設立時とは比較にならない程発展しました。そして,世田谷区の福祉政策・行政は科学的根拠に従ったさまざまな新しい取り組みが行われ,注目されていると聞きます。福祉関連の仕事に従事している人や学んでいる学生にとっては,働き・学び甲斐のある地域であると思います。
 この様な活動は,地域で学び、地域で育ち、地域の発展に貢献すると言った正の連鎖が起こります。現在,地域創生が求められていますが,世田谷区のような行政主導の活動も考えてみてはいかがでしょうか。

 東京都市大学にて第17回大会が今年の11月8日(土)に開催されました。私は13年前に開催した第3回大会の総括を思い出し、下記のPDFに示しました(近藤雅雄、2025年11月26日掲載)
PDF:世田谷学会第3回全体総括2012.2.10

病気と治療10.わが国の医学および医療の問題を独自検証

問わず語り~いつまで続ける西洋医学単一医療

 明治7(1874)年、わが国の医師法と医療制度の根源を成す「医制」が発布されて以来、西洋医学を基礎とした体制が150年以上続いています。医師は患者に対して、診断・治療を理由に、各種検査や投薬、手術、放射線療法、食事療法などすべてを遂行でき、また、看護師、薬剤師、理学療法士などの医療従事者の職務を指示・管理できます。
 日本では専門医制度が発展し、資格を取得した医師による診療が行われています。大学病院など「特定機能病院」では極端に専門化し、高度医療の提供を開始しましたが、逆に専門領域以外の病気は診なくなりました。例えば、血液のがん患者が高血圧症を合併した場合は循環器の専門家に紹介します。肝機能の数値が高ければ肝臓の専門家に回します。このように患者は院内の他科に紹介されます。そして、その都度検査や薬が処方されます。日本の医療の基本は検査と薬物治療です。専門及び総合病院にはからだ全体を診る医師(総合診療医)は少ないので、患者は専門の各科または他の病院へ移動します。
 そして、やがて患者は各診療科の専門医から処方された多くの薬の副作用とその複合作用でどんどん衰弱、がんは転移、さらに、さまざまな検査(とくにCTやレントゲン検査などによる酸化ストレス)と心身疲弊で免疫力が低下、全身のバランス、生体リズム・恒常性が崩れた段階で手遅れ、手の施しようがなく、両手を挙げる如く、お手上げとなりかねません。しかし、総合診療医制など、現代医療が抱えている多くの問題を検証し、抜本的な改革をすれば手遅れにならず、手当てできるようになるでしょう。
 米国では1990年を境にがん死亡率は低下しています。そして、さまざまな医療改革(代替・補完療法(CAM)や食事療法を取入れ、1991年、日本の厚生労働省に当たる行政機関に代替医療局(現在は公衆衛生局)を設置し、1998年には国立補完代替医療センター(NCCAM)を開設した)によって、西洋医学に伝統医学、代替・補完療法などを加えた統合医療が行われています。しかし日本では公衆衛生の部署すら無く、がんの死亡率は今も増え続けています。
 そこで、日本医療の進化を図るために、現代医学が抱えている多くの問題の中から抜本的な改革が必要と思われる以下の4章,15項目について独自検証しました。

 第1章.代替・補完医療と統合医療の進展(①いつまで続ける医師主体の医療,②西洋医学一辺倒の日本の医療,③米国が国立補完代替医療研究センター開設,④薬物依存治療偏重の是非,⑤医師の診察のあり方を問う,⑥大学医学部のカリキュラムの見直し,⑦がん死亡率が減少しない)。第2章.総合診療の拡充を期待(①総合診療を行う医師が少ない,②何故、総合診療医が育たない)。第3章.我が国の医療進化を期待(①医療機関のあり方,②医師の数と家庭医が足りない,③厚生労働省医政局への期待)。第4章.その他の諸問題(①永遠と続く安楽死問題,②臓器移植の停滞,③医師の偏在対策)
 内容は以下のPDFを参照して下さい。(近藤雅雄、2025年10月23日掲載、2025年11月11日更新)
PDF:日本の医療を独自検証2

教育回想13.国際鍼灸専門学校を創設し,三療を普及した偉人

海を渡った偉人、鬼木市次郎先生の学園創設と国際貢献

 鬼木先生は“あはき”の国際的発展をめざし、世界を渡った偉人として有名です。
 盲人文化史年表(1992年)には『鬼木市次郎氏(1912~2007年)の両親はペルー移民。十代で視力が低下し、1928年福岡県立柳川盲学校入学。卒業後、1934年満州に渡って治療院を開業、1946年に帰国。1954年東京で開業。1957年には日本マッサージ学校の創設。1973年、父母の墓参のためペルーへ、これを機に、南米に三療を普及させ、盲人に三療の技術を身に付けさせようと活動を開始。1990年、ブラジルのサンパウロに伯国盲人国際交流教育協会を組織し、1994年鬼木東洋医学専門学校を開校しました。同校には診療所も併設されている。』と記載されています。
 また、ニッケイ新聞2007年4月6日付では、『鬼木さんは1990年、サンパウロ市に伯国鬼木東洋医学専門学校を創立し、ブラジルの視覚障害者の職業自立に力を注ぎました。同校は93年に聖州(サンパウロ)教育局の認可を取得。当初は視覚障害者の自立支援を大きな目的としていましたが、現在は健常者も学んでいるそうです。さらに、米国カリフォルニア大学の東洋医学名誉博士、中国鍼灸もぐさ協会の評議員を務めるなど、国際的に広くご活躍されました』とあります。
 また、「知られざる日本人 南北アメリカ大陸編 ―世界を舞台に活躍した日本人列伝,2007」(太田宏人著)では野口英世と共に紹介されています(下記PDF参照)。
 筑波大学人間総合科学研究科の中田英雄教授は1997年にサンパウロで開催された第10回国際視覚障害者教育会議で鬼木氏と会い、ブラジルでの活躍に対して「鬼木夫妻を駆り立てたものは何なのか、未だに自問している」と述べています。

 このように、先生は国内外にて盲人教育に貢献しました。そして、国内では上野に「日本マッサージ学校」を創立、1967年には、はり師、きゅう師を加え、三療体制となりました。1970年、現在の葛飾区立石に移転、国際鍼灸理療学校と改称、1979年には国際鍼灸専門学校と改称し、医療専門課程の専修学校となりました。1987年4月には同区青戸駅前に青戸校舎を建設し、国内外で“あはき”医療の普及に貢献されました。

 筆者は1990年、同校の栄養学非常勤講師時代に先生とお会いしましたが、前向きで、アグレッシブながら謙虚で大変立派な医療人でした。そして、先生の後を継いだ理事長、故鬼木和子先生、故鬼木誠一郎先生、そして現在の鬼木縁先生、皆、大変謙虚で立派な人格者です。そして、3つの国家資格(あはき師)取得に向けた素晴しい教育が行われています。皆様との沢山の良きご縁・思い出に感謝します。あはき師、三療を目指す人は多くの超優れた卒業生を輩出した伝統ある学園で、最高の講師陣、教育の質・環境の下、学ぶことができます。また、素晴らしい同窓会があります。(元校長、2025年10月8日掲載)
PDF:知られざる日本人

教育回想12. 東京都市大学付属小学校、平成24年度卒業式祝辞

 2009年4月、学校法人五島育英会は大学から幼稚園までの各学校に「東京都市大学(略称:都市大)」の共通名称を冠し、「東京都市大学グループ」を結成しました。
 法人のホームページには「都市大グループの使命は、優れた感性と品性を備え、世界から待望される有為な人材を育てあげていくこと」とあります。そして、「グループのスケールメリットを生かしながら、持続可能な社会発展に貢献し、未来を見すえた国際性に富んだ人材を輩出していきます」とあります。
 グループには東京都市大学、東京都市大学等々力中学校・高等学校、東京都市大学付属中学校・付属高等学校、東京都市大学塩尻高等学校、東京都市大学付属小学校、東京都市大学二子幼稚園、そして東急自動車学校があります。私は東京都市大学の人間科学部学教員としてこのグループ誕生を目にし、運営・教育・研究を2015年まで携わりました。大変すばらしい大学であり、グループでした。
 在職中に、法人より東京都世田谷区成城にある東京都市大学付属小学校の平成24年度卒業式の祝辞を依頼され、大学学長であり都市大グループの総長の代行として挨拶させていただく機会を得ました。6年間頑張った12歳の卒業式です。出来る限り心に残る祝辞となるよう配慮しました。同時に、同じ生徒数以上の保護者も同席するということで、両者に配慮した祝辞を考えましたが、結局簡単な祝辞に終わってしまいました。内容はPDFに示しましたのでご参照ください。

 祝辞を終えて、校長室で談話していた時に、小学校の職員から卒業生の親が私に挨拶をしたいと言っているというので、お会いしました。その人は優等生の父親で、某医科大学病院の医師でした。以前に医師の患者が指定難病ポルフィリン症の疑いということで検査を依頼され、診断を確定し、報告したことがあったのです。
 偶然のことでしたが、医師及びご息女は立派なご家庭で、私は医師及び付属小学校とのご縁に感謝すると共に、患者さんの容態お聞きし、元気でいるということで二重に嬉しかった思い出があります。
 この卒業式は、今から12年前のことなので、現在、ご息女は24歳頃と推察します。おそらく、大学院または既に社会人として頑張っていることでしょう。
 また、私にとってこの卒業式は、実にさわやかな式で、感謝するひと時でした。(近藤雅雄、2025年9月23日掲載)
  PDF:東京都市大学付属小学校卒業式祝辞   

著書25.子どもの健康、育児に役立つ「子どもの保健」

 本書は保育士養成課程を有する東京都市大学人間科学部児童学科(幼稚園教諭及び保育士養成)の講義で用いたテキストです。授業は毎回パワーポイントを用いた記憶に残る、分かり易い授業となるよう心掛け、まとめました。実際の講義テキストにはパワーポイントの画像も掲載しましたが、著作権などの関係で割愛しました。
 さて、乳幼児期、児童期、思春期の成長は著しく、この期における環境は発育・発達に大きく影響を及ぼし、心身の健康、さまざまな能力など人生を左右するとても大切な時期です。
 本書では、保育士養成のためのテキストとして執筆しました。健全な発育・発達を図る上で重要な保育における子どもの保健の意義と目的、子どもの発育・発達と生活の支援、子どもの食生活と栄養、心身の健康増進の意義とその実践、子どもの病気とその予防対策、事故と安全対策、児童福祉施設における保健対策、母子保健対策と保育について学び、保育の質の向上を目指しました。
 2020年以降は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを経験し、子どもの保健にも大きな影響を及ぼしました。その後、感染症法上五類に分類されるとともに,学校保健安全法施行規則においても第二種感染症に位置づけられ,出席停止期間も規定されました。しかし、新型コロナに対するmRNAワクチン投与など、予防・治療及び予後にはさまざまな問題があることから、ここではあえて取り上げませんでした。
 本書の学習によって、子どもの病気や難病の発症機序、診断・治療、疫学、生活指導などに関する知識が十分身に付くことと思います。前半は、小児期のからだの仕組みとその機能について、すなわち健康を中心に学び、後半は小児期にかかりやすい病気とその予防法や保健行政の実際並びに行政的統計データの読み方を学んで下さい。
 講義は90分の授業で、第1講から第30講まで30回です(近藤雅雄著、A4版155頁、2013年4月1日出版)。内容(目次)は下記に示しました。

目次(1~109頁、110~155頁のパワ―ポイントの画像は省略)
第1講 小児保健の意義と目的:1.健康の概念・定義(1)
第2講 健康の概念・定義(1):1.健康の定義、2.健康の考え方、3.健康の今日的課題、4.健康の概念~健康思考(指向、志向、施行)、5.健康の維持と病気の予防、6.健康の増進と減退 
第3講 健康の概念・定義(2):1.健康の維持と病気の予防、2.健康成立に向けて
第4講 小児の成長:1.小児の特徴、2.小児の成長、3.身体の計測と発育評価、4.成長に影響を及ぼす因子、5.基本的生活習慣の確立、6.発達の目安
第5講 小児の発達(1):1.脳の発達
第6講 小児の発達(2):2.感覚器の発達
第7講 小児の発達(3):3.運動機能の発達、子供の姿勢、精神発達
第8講 小児の発育発達(1):4.体温調節・排泄・水分調節
第9講 小児の発育発達(2):5.呼吸・循環
第10講 小児の発育発達(3):6.消化・吸収・排泄
第11講 小児の発育発達(4):7.免疫機能~生体防御のしくみ
第12講 小児の発育発達(5):8.睡眠、新生児の特徴
第13~14講 小児の栄養:1.乳幼児栄養の特徴、2.食事摂取基準、3.乳児の栄養、4.離乳、5.幼児栄養(1~5歳、6.学童期の栄養
第15講 日本の食文化と食育~戦後から今日までの食生活の変遷
第16,17講 よく見られる病気と事故(1~2):1.先天異常および先天性代謝異常症
第18,19講 よく見られる病気と事故(3~4):2.感染する病気、1)ウイルスによる病気、2)細菌感染による病気
第20講 よく見られる病気と事故(5):3.呼吸器系の病気、4.循環器系の病気、5.消化器系の病気
第21講 よく見られる病気と事故(6):6.血液の病気と小児がん
第22講 よく見られる病気と事故(7):7.腎臓、泌尿器、性器の病気
第23講 よく見られる病気と事故(8):8.内分泌系の病気、9.アレルギーによる病気
第24講 よく見られる病気と事故(9):10.神経系および精神心理系の病気
第25講 よく見られる病気と事故(10):11.皮膚の病気、12.骨、関節、筋肉の病気
第26講 よく見られる病気と事故(11):13.眼、耳、鼻、口、歯の病気
第27講 よく見られる病気と事故(12):14.子どもの事故
第28講 病気の予防と保健指導
第29講 生活・環境と育児
第30講 小児保健行政
付:発育期から見る子どものからだと病気、マススクリーニングとは、健常人における主要健康数値表、児童憲章
以上です。詳細は以下のPDFを参照してください。(近藤雅雄、2025年9月23日掲載)
PDFこどもの保健

教育回想11.あマ指師養成校:素晴らしき長生学園の理念

 昭和51(1976)年、大学卒業して2年後、上司から“あん摩マッサージ指圧師養成校(あマ指師師)”「長生学園」にて生理学の非常勤講師の代講を頼まれました。講義は、休日にあたる土曜日です。その年の賞与をすべて医学生理学関係の専門書購入に注ぎ込み、独学にて勉強し、講義用の教科書を作成してから講義を行い、令和5(2023)年の2月まで47年間続きました。人に教えることは、大変勉強になると共に、人体生理学をマスターすることは医学の基本をマスターすることです。この経験によって、生涯、学ぶことに最大の価値を置くこととしました。
 27歳時迄に、骨髄赤芽球細胞からヘモグロビン合成に関わる新しいインヒビターの発見遺伝性ポルフィリン症の酵素異常の発見鉛中毒の中毒機序の解明など数年間で3つを世界に先駆けて発見し、国際的に注目されるようになり、忙しくなりました。海外や国内の大学、研究機関からの講演、講義などの依頼が急激に増えたましが、時間はいくらでも作ろうと思えばできることを学びました。
 教室では、約60名の年齢10代から70代迄の学生が同じ目標を持って学んでいる。学生は伝統療法である長生療術に興味をもって北海道から沖縄まで、日本中から集まって来ます。まさに、人生の縮図で、とても居心地の良い場所でした。
 学園で学ぶ長生医学は霊肉救済の精神を基盤として、その教義は仏教の精神を基盤とした霊肉一体の救済の根本教義の基に「脊椎矯正」、「精神療法」、「プラーナ療法」の三位一体によって病気の原因を取り去り、自然治癒力を発揮させ、病気に苦しむ肉体と精神を救うことを、究極の目的としています。これが学園の理念です。

 学園は校訓として「感謝」に重きを置いています。したがって、いつ行っても、事務、教員、学生が一体となって明るく、元気です。そして、理事長の思いであった「学生には常に最先端の医療・医学が理解できるように教育したい」との堅い信念から、私も自らの研究を通して最先端の医学(基礎医学、臨床医学)や医療関連資格などを各種医学会や講演会で勉強すると共に、学園を通して、人間として、人のふれ合いの大切さ、命の尊さ、感謝の心を学んでは教育に反映させました。まさに素晴らしき学園です。(2023年3月8日執筆、2025年9月15日更新)
PDF:素晴しき長生学園

こころとからだの健康(20) 言葉はこころなり~伝えたい言葉

 国際社会は未だに悲惨な戦争と地球環境の破壊を繰り返しています。その原因の一つとして人間教育の貧困が挙げられます。
 我が国は、「新しい時代を拓く心を育てるために」次世代を育てる心を失う危機、として1998年、中央教育審議会が中間報告、第1章 未来に向けてもう一度我々の足元を見直そう、第2章 もう一度家庭を見直そう、第3章 地域社会の力を生かそう、第4章 心を育てる場として学校を見直そうの4項目からなる答申を出しました。
 戦後80年、日本は自由で民主的な国家として、人々が豊かで安心して暮らせる社会を形成し、世界の平和に貢献しようと努力してきました。そして、教育の重要性を掲げ、幼児期、学童期に人間形成の基盤をなすこころの教育として、「さまざまな体験や体感を通して、感謝のこころを持って、生きる力、いのちを大切にするこころ、他者を思いやるこころといった、人としての基礎を育む」ことを人間教育の基本として学んでいる。因みに、日本は世界の平和指数(治安・安全性)ランキングでは世界163か国中17位(2024年)でした。
 ここでは、私の40年以上にわたる医学・生命科学に関わる教育・研究活動で経験したこころの教育において、学んだことを「次代に伝えたい言葉」として①言葉は人間の原点である、②言葉はこころとからだを健康にする最大の栄養素、③次代に伝えたい言葉、④私の好きな言葉、⑤災害時の言葉と防災、として添付のPDFに綴りました。この中に、1つでもこころに響くものがあれば嬉しいです。(近藤雅雄、2025年7月27日掲載)

こころは言葉によってコロコロ変わるから“こころ”と言う
言葉は人間の原点であり, 人を動かし、国を動かす
言葉はこころとからだを健康にする最大の栄養素である


言葉は人間社会の原点である
 言葉を話すのは人間だけである。言葉は人類の発展に大きく貢献し、書物となり永遠と続く。そして、言葉は人を動かし、国を動かす。言葉には力がある。したがって、地球の平和や環境は言葉によって大いに影響を受ける。言葉はこころと連動している。
 すなわち、こころは言葉の影響を最も受けやすく、威圧的な言葉、汚い言葉、人の悪口、否定的な言葉を使うのを止め、笑顔で、プラスの言葉を口にしていけば、自分も相手もこころがとても良い状態に安定していき、自分のおかれた状況がたとえどんな状態であっても、次第に好転していくと信じることができる。言葉には魂がある(言霊)
 一つしかないいのちであれば、人生を感謝と喜びに満ち、明るく、おおらかに「前へ」プラス思考で生きる。同様に、一つしかない地球であれば、地球に住む国々が仲良く、感謝と喜びに満ち、地球環境をより良くして行く。このような社会を望んでいます。(2025年7月27日掲載)
PDF:伝えたい言葉

教育回想10.東京都市大学人間科学部、平成26年度入学式挨拶

 今日は孫が通う中学校の入学式です。
 漸く暖かくなり、桜満開で、まさに入学式には良い天候が続きます。そこで、これまでの入学式の挨拶の中で、忘れられない祝辞は多くありますが、その中から筆者の大学勤務の最期となった平成26年度の東京都市大学の入学式で人間科学部の父母への挨拶(以下のPDF参照)をあげました。
 学部長として満期の6年間、学部の運営・教育・研究業務を行い、中でも学部の改革として新学科及び大学院修士課程の設置構想案、さらに大学の組織・構造改革の提案など、いろいろな改革に向けた活動を行ない、大学及び法人組織への働きがけしたのを覚えています。
 それ以外に、社会的貢献として、難病患者の市民権を得る行動、難病制度の法改正を目指して国会議員及び厚生労働省の要職への陳情や面接、そして議員連盟を作って難病の現状を広く紹介すると同時に全国署名活動を行い60万人以上の署名を集め、厚生労働大臣に大臣室にて手渡したこと。その結果、新たな指定難病制度の法制化を実現することできたことは、大きな成果として、心の中に深く刻まれております。大変忙しい定年前の最後の年でしたが、大学を軸としたこれらの活動が大変充実していたことは幸せでした。(写真は都市大学近藤研究室にて。近藤雅雄、2025年4月8日掲載)
PDF:父母挨拶

「病気と治療1~7」のまとめ:病院と医師の治療の質向上を願う

 「病気と治療」の連載では望ましくない治療体験を7回に亘って掲載しました。これに対して望ましい治療経験はありませんでした。
 第1回目の原稿「病気と治療1.脊髄強打による圧迫骨折等脊髄損傷の治療経験」で、筆者は「多くの病院、医師は社会・人間に役立つ医療を提供していますが、一部の病院あるいは一部の医師に不適切な態度・技術‣知識・運営が見られることがあります。患者は命を預ける弱者であり、病院、医師に従うしかありません。病院、医師の社会に対する責任は重いのです。」と記載しました。

 これまでに500名以上の全国病院医師と、共同研究者として論文や医学会での発表を行ないましたが、この中には臨床研究にまったく関わらなかった名前だけの医師、患者の組織,血液や尿などの検体を採取しただけの医師など、研究への関わり方はさまざまでした。しかし、一緒に議論して研究した医師や共著論文を執筆した医師は「研究の質の向上は治療・教育の質の向上を担保する」ごとく、真に優秀な医師でした。
 医師には研究するこころを持っている医師とそうでない医師がいます。研究するこころを持った医師は向上心があり、その治療は優秀なのが多い。研究するこころを持っていない医師には患者に寄り添う医師と寄り添わない医師がいます。患者に寄り添う医師には仁愛のこころがある人が多い。問題は研究するこころを持たず、患者に寄り添わない医師が意外に多いことです。
 医学部に入学した医師の偏差値は高いが、「研究能力や仁愛のこころ」といった面では偏差値は無関係です。近年、研究できない(しない)医師があまりにも多くなりました。医学部の医学教育では、医師としての道徳教育を重視してほしいと願うばかりです。最高学府である大学医学部の附属病院の医師は同時に医学研究者でもあることを肝に銘ずるべきです。また、ガバナンスがいい加減であることが多く見られます。
 こころが病んでいる患者に対する病気の治療には多くの患者の物語があり、そのこころを少しずつ和らいでいくことによって患者の自然治癒力が高まり、病気の治療・回復に向かうことが多いです。まず、患者と多く接することが第一に必要なことあって、病気の治療の基本です。
 この資料室で「病気と治療」を書いた理由は、病院医師の治療に対する意識の向上と自己点検・評価並びに必要な改善・改革を行い、病院および医師に望ましくない行為が起こらないような仕組みを作ってほしいという思いからです。特に特定機能病院日本医療機能評価機構の認定を受けた病院では日常的な自己点検・評価と第三者による点検・評価が必要であると思います。以下に、医療従事者に求められる言葉(こころ)と態度を挙げました。

医療従事者に求められる言葉と態度、12の習慣(近藤)

1.医療は経営に重きを置くのではなく、患者に寄り添った優れた治療を優先する。
2.保健・医療・福祉の基本は布施行であり、高い志と知・技・心・態が求められます。
3.敬愛の精神を持って、常に謙虚で自己を厳しく律する。言葉の使い方を大切にする。
4.医療従事者、とくに医師の言葉は患者の免疫力・治癒力、さらに生死に大きく影響する。
5.成功者は自分のためではなく、患者のためになることを第一に考える(他者理解)。
6.患者に「治る」「治してあげる」という断定的な言葉を言ってはいけない。治るのは患者の治癒力による。
7.患者に寄り添い、患者の身体に聴診器や手を当て、病気の全体を総合的に判断する。
8.患者に嘘を言ってはいけない。知ったかぶりをしない。わからないことはその場で調べる。
9.患者に治療を行う前には必ず説明し、同意を得るのが基本です。また、EBMを順守するのが基本です。
10.症例から学ばぬ者は過ちを繰り返します。
11.研究の質向上は治療・教育の質の向上を担保する。
12.臨床研究の課題は身近に多く存在する。常に「研究するこころ」と「患者に感謝するこころ」を持つことを忘れてはいけない。
(近藤雅雄、2025年4月6日掲載)

「前へ」の詩:生きるために人生の目的をしっかり持つ

 1949年、団塊世代の最後に生まれ、戦後の急速な経済発展を経験し、小・中・高、大学時代、そして社会人として、仕事と仲間と環境に恵まれ生きてきました。平和な時代でした。
 時代が変わったのは2020年の「パンデミック」、そして、2022年の「ロシアによるウクライナ侵攻」、たった数年間で平和であった時代が大きく変わろうとしていました。
 古希を過ぎ75歳、終の人生を迎えるにあたって、過去の多くの出来事を記録し、後世に遺すことは、次代に生きる人に役立つかもしれない。また、生きるヒントになるかもしれない。しかし、「パンデミックと戦争」そして「ITやAIの急速な進展」による世界への影響、そして日本では「南海トラフ首都直下地震富士山の噴火など」の災害予測と「台湾有事」「関税問題」などと時代は逆行し、次代がどのようになるか想像がつかない方向へと突入している。

 人は誰にでも死は訪れる。死を考えた時、大切な言葉を一つ挙げるならば、それは「前へ」でした。死に行く者も、生きていればさまざまな喜怒哀楽、ストレスが日々変化して訪れます。それをうまくコントロールし、「前へ」突進む努力、社会貢献に愛する努力をする。そのためにも人生の目的を持って努力する。そうすれば、新しい景色を見ることができるであろう。そして、その景色が人類・人間社会にとって本当に幸せなものなのかもしれない。

 人間は、前向きで、素直に社会に貢献する謙虚な姿勢を持ち続けることが大切でdす。それを行動に移し、新たな道を拓き、家族と共に生きて行く。そして、「1日でも長く健康で、おおらかに前へ生きる」、が最も基本的で豊かな人生といえます。そこに「感謝する人がいて、そして、感謝される」そういう人生は真に幸せです。
 添付したPDFに「人類と地球の世界平和に向かって「前へ」踏み出そう」という詩を掲載しましたので参照して下さい。(近藤雅雄、2025年4月4日掲載)
PDF:前へ生きる{詩」

難治性疾患(難病)患者からの学び~難病制度改革と医療法

難病制度改革と医療法

 厚生労働省の職員(研究職)であった筆者は、厚生労働科学研究として37年間、先天異常(遺伝病)、各種難病や中毒の発症機序や診断・治療法の開発等の研究を行ない、患者の立場に立った研究・教育活動を普及してきました。
 しかし、これら難病については、いまだに医師および行政は正しい知識を得ていないのが現状でした。その結果、誤診による禁忌薬の投与などの誤った治療と十分な心身のケアーが得られず、毎年沢山の若い「いのち」を失ってきました。患者にとっては根治療法が開発されない限りいつも時間がありません。限られたいのちの時間だけが過ぎて行きます。
 ヒトは遺伝子の異常を10個以上持って生まれてくると言われています。しかし、ほとんどの人が何の自覚症状もなく健康です。ところが、たった一つの遺伝子の異常が病気となって生まれてくる人もいます。これを先天異常といいますが、健常者と同じくこの世に誕生した大切な「いのち」です。人間社会において、いのちを大切にするこころは人としての基本です。
 健康の反対が病気ですが、これまで健康であった人が、病気になった時に、初めて健康のありがたさを思い、誰もが二度と病気に罹りたくないと思うものです。そしてそれが実現できる。ところが、病気を持って生まれてきた人はどうだろうか。患者は健康への願望、生きることへの願望、仕事への願望、いのちへの思いが、健康な人以上に強く、また、今日の人間社会に欠けている他者を理解し、思い遣るこころ、家族・友人を大切にするこころ、いのちの尊さと感謝の気持ちを強く持ち合わせています。健常者に足りないものを多く持ち合わせています。私たちは難病患者から人間として実に多くのことを学んできました。そして、人は必ず死ぬのです。これからは、これまでに多くの難病患者から学んだことを基に、人とのコミュニケーションの大切さ、生きる力を表現していきたい。

わが国の指定難病制度

 昭和47年以来、綿々と続いた難病制度には認定方法や治療研究制度など、多くの問題を抱えていました。そこで、筆者らはこの制度を根本から変えるべく署名活動、国会議員への陳情活動(下記のPDF参照)、衆参両議員からなる議員連盟の設立など平成9年から様々な活動を行いました。
 その結果、平成26年5月23日に「難病医療法」が成立、その後、「指定難病」が法制化しました。
 すなわち、平成21年度、厚生労働省内で難病制度の見直しが行われ、平成26年8月28日に56疾病から110疾病が「指定難病」として追加・決定しました。さらに、平成27年3月9日、厚生科学審議会疾病対策部会指定難病検討委員会は新たに44疾患を追加し、総計306疾患が5月中に正式承認・告示がなされ、7月から重症患者に対しての医療費助成が開始されました。
 この「指定難病」制度法制化の契機となったのが、筆者を代表とした「ポルフィリン症患者会(さくら友の会)」の活動です。平成20年11月30日に難病認定の署名活動を開始し、全国から集めた総数は600,515筆です。この貴重な署名を家内と二人ですべてチェック・整理し、車で厚生労働省へ運びました。そして長妻昭元厚生労働大臣から始まって代々5名の元大臣に手渡しました。私がこの活動に取り組んだ最大の理由は、国内の多くの「難病患者の命を守るための仕組み(法律)を作っておかなければならない」といった使命感だけでした。
 平成21年に民主党政権に移行してから漸く“難病対策の現状と課題について”の本格的な議論が始まりました。平成25年に自民党政権に移行してからは、「難病医療法」が5月に成立、平成27年度から施行することが決まり、厚生科学審議会疾病対策部会の「指定難病検討委員会」が中心となり、指定難病の各要件(①治療方法が確立していない、②長期の療養を必要とする、③患者数が人口の0.1%程度に達しない、④客観的な診断基準などが確立している)を満たすかどうかの検討が開始されました。昭和47年から平成26年度の約42年間に56疾患が難病として認定されてきましたが、平成27年度に約300疾患に拡大し、対象患者をこれ迄の78万人《この中には希少疾患から外れるパーキンソン病(患者数約10万9千人)や潰瘍性大腸炎(患者数約14万4千人)なども含まれている》から150万人に増やし、患者数は人口の0.15%にあたる18万人未満を目安に決められました。
 これら活動の意義として、ポルフィリン症は極めて希な疾病であり、1920年に第1例が報告されてから今日まで約1000例の報告しかないという超希少な疾患であり、誤診や事故が後を絶ちませんでした。これが難病指定されれば、医師がこの病気を知る良い機会となり、誤診や事故を著しく減らすことにも繋がる。さらに、治療研究が加速することが期待される。そして、何よりも、これまではわけのわからない病気として無視されていたのが、「国が指定した難病」ということで、行政・社会での対応も一変し、真摯に注視されることが期待されました。
 指定難病の法制化に関しては厚生労働省職員及び民主党、自民党の国会議員等、多くの要人と面会し、法制化に懸命に取り組んでくれました。ここに深謝します。(近藤雅雄、2025年3月4日掲載、2025年4月4日更新)
PDF:難病制度法制化

紫外線(UV)照射によるポルフィリンからの活性酸素の発生

 標準ポルフィリンに紫外線を照射し、発生する活性酸素ラジカルの種類およびその量をESR(電子スピン共鳴装置)にて検討しました。その結果、酸性条件での発生は少なく、中性条件下での多くの発生を確認しました。すなわち、ヒドロキシルラジカル(・OH)はウロポルフィリン (UP)ⅠおよびⅢ型が、一重項酸素(1O2)はコプロポルフィリン(CP)ⅠおよびⅢ型に多く、スーパーオキシドラジカル(O2-)はプロトポルフィリン(PP), CPⅠ、UPⅠからの発生が認められました。
(出典:市川勇、近藤雅雄:ポルフィリン2(2):93-102,1993.フリーラジカルとポルフィリン代謝に関連する皮膚の老化機構解明に関する基礎的研究コスメトロジー研究報告Vol4/‛96:58-65,1996.)




(近藤雅雄、2025年3月30日掲載)

高齢者のQOL向上と免疫能を高める日本型食生活の解析

研究目的
 わが国が世界的に健康長寿を誇るようになったのには、医学の進歩のみならず、わが国の風土と歴史の中に根付いた日本型食生活の影響が大きく関与していると思われます。しかしながら、死因の3位までの疾患は生活習慣の偏りがその主な原因であると考えられることから、超高齢・少子化の進む中で、高齢者のQOLを高め、これら疾患の罹患を予防し、健康で長生きできるような食生活の提唱が望まれます。

本研究では、以下の5つの課題について検討しました。
1.食品中の抗酸化成分の総合評価
2.日本人高齢者の食事摂取状況の解析
3.抗酸化食品ピーマン食摂取による高齢者への介入試験
4.中・高齢者の血液中抗酸化ミネラル濃度の解析
5.老齢動物の抗酸化および免疫能増強の開発

 QOLを高める上で極めて重要な因子である免疫能の向上とその機序解明を目的とした日本型食生活を踏まえた先駆的な栄養学的研究を行いました。また、中・高齢者の血液中の免疫能に直接影響を与える抗酸化元素濃度や抗酸化酵素活性などを測定し、酸化ストレスに対する防御機能についての検討を行いました。さらに、国民健康・栄養調査の結果をもとに、日本人の年齢別食生活の傾向を把握し、高齢者の食生活の特性に基づいた免疫能調節因子の検索を行いました。そして、高齢者の抗酸化および免疫力を増強させる因子の検討を行い、新たな増強因子を発見しました。
 以上の結果をもとに、高齢者の免疫能および抗酸化能を高める食品類を選択し、日本型食生活を中心とした高齢者への介入試験を行い、免疫能を高め、高齢者のQOLを高めるような食生活の提唱をしました。なお、紙面の都合上、酸化ストレスが免疫細胞に及ぼす影響に対する分子生物学的手法を用いた解析実験に関しては割愛しました。

 本内容は農林水産省農林水産技術会議平成14~17年度「日本型食生活の生体調節機能効果の解明」によるプロジェクト研究課題「高齢者のQOL向上のために免疫能の健全性を保持する日本型食生活の解析」で得られた成績の一部を修正して以下のPDFに纏めました。(近藤雅雄、2025年3月25日掲載)
PDF:高齢者のQOL向上と免疫能を高める日本型食生活の解析

忘れてはいけない新型コロナウイルス感染とパンデミック

 2019年12月以降に中国武漢市で発生した新型コロナウイルスによる感染症が大流行、世界を震撼させました。世界保健機構(WHO)は新型コロナウイルスをCOVID-19と命名し、2020年3月11日、「新型コロナウイルスはパンデミックとみなすことができる」と宣言しました。
 このパンデミックからクラスターという言葉が初めて使われました。集団感染に移行することから個人と個人の距離を十分に開ける政策、アクリル板で遮断する対策、喚起、アルコールによる手指の消毒、マスクの着用が当たり前となり、習慣化しました。
 多様なイベント(スポーツやコンサートなど)では大声を出さない、マスクの着用、人数規制などさまざまな対策が施され、典型的なのが2021年の東京オリンピックです。無観客となり、これまでのオリンピックの景色を一変させました。
 このパンデミックの原因、推移、行政対応等は風化させることなく、次代に引き継いでいかないといけません。ここでは①新型コロナウイルス発生の疑義、②迷走する診断法と疫学、③迷走する治療法、④各国の感染対策と予防、⑤わが国の行政対応、⑥教育の現場と社会の混乱、⑦パンデミックの収束、⑧パンデミックその後、公衆衛生の重要性などについて記録しました。以下のPDFを参照して下さい。(近藤雅蘇、2025年3月20日掲載)
PDF:忘れ得ぬ新型コロナウイルス

教育回想9.国際鍼灸専門学校 コロナ禍,卒業生へのメッセージ

 卒業式のシーズンです。記憶に残る挨拶として、第2回目は国際鍼灸専門学校の令和元年度の卒業式です。この年の卒業式は前年11~12月以降に中国武漢市で発生した新型コロナウイルス感染が世界中に拡散、パンデミックとして大きな問題となったため、開催されませんでした。2019年から3年間、多くの学校で卒業式および入学式などの式典は中止または縮小、3年間式典を経験しないで卒業した生徒も多かった時代です。
 学園では、当初は卒業式を縮小して教職員による手作りの式典を企画し、3月19日まで準備に追われていましたが、感染が猛威を振るったため、残念ながら式典を中止せざるを得ないという苦渋の決断に至りました。卒業生の気持ちを考えると断腸の思いでしたが、未来を担う卒業生の健康を最優先しました。
 そこで、卒業生へのメッセージを作成し、配布しました。学生らには、卒後も、生涯学ぶことに最大の価値を置き、明るく、前向きに頑張って社会貢献することを期待しました。(近藤雅雄、2025年3月20日掲載)
PDF:令和元年度卒業生へのメッセージ

教育回想8.国際鍼灸専門学校平成30年度卒業式祝辞

 卒業式のシーズンになりました。そこで、これまでの挨拶の中で、忘れられない祝辞は多くありますが、その中から2つを選びました。記憶に残る卒業式の挨拶として、1つ目は元校長を務めた国際鍼灸専門学校の平成30年度の卒業式です。
 筆者は校長としての運営・研究業務以外に、生徒には3年生の担任、生理学、病態生理学、栄養学、生命科学の講義、国家試験対策補講、病院やスポーツ、福祉施設などの各種見学の引率、飲み会などと、極めて濃く関わりました。そして、卒業に当たって、生徒らが私たち教職員宛に、教室の黒板に残したメッセージ『先生、事務の方々、3年間本当にお世話になりました。この充実した学生生活を、私たちは一生忘れません』とありました。このメッセージは、私たち教職員のこころに強く響き、次代を担うあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師(あはき師)の三療国家資格育成への自信となっただけでなく、大きな誇りとして、心の中に深く刻まれた瞬間でした。感動しました。(近藤雅雄、2025年3月19日掲載)

平成30年度卒業式祝辞

学校法人の社会的責任と理事長・校長に求められる資質

 学校法人の理事長は学校の設置者であり、学校を管理し、学校の経費を負担する責任を負っています。理事長に求められるものは、最高責任者として相応しい社会的責任を遂行することです。
 一方で、教学の最高責任者は校長です。そこで、高等教育機関のさらなる発展・進化を期して理事長の資質及び学校経営、理事長と校長の役割などについて、①学校法人の社会的責任、②理事長の資質、③理事長と学校長の役割に分け、基本的私見を述べました。
 現役の専門学校校長を退職してから5年が経ちますが(現在75歳)、以下のPDFに書きましたので読んでください。(近藤雅雄、2025年3月17日掲載)
PDF:学校法人の社会的責任と理事長・校長に求められる資質

人を育てる 「高等教育機関のリーダーに求められる37の習慣」

 高等教育機関とは、初等中等教育の次の段階の教育課程を提供する教育機関の総称で、学校教育法に規定される大学、大学院、短期大学、高等専門学校及び専門学校などが該当します。筆者は大学の学部長及び専門学校の校長としてリーダーを経験しました。

 高等教育機関はグローバルな視点を持って次代の社会貢献に不可欠な人材を育てるよう教育・指導していく義務があります。これら人材育成の要となるのがリーダーの教育方針・姿勢・品性です。人材育成とは才知ある人物、社会に役に立ち貢献できる個人を育てることです。すなわち、コミュニケーション能力が高く、物事をうまく処理できる人材、適正に活用することで活性的な組織を構築することができる個人の育成を指します。これら要求に適う高い人間性を持った次代を担う人材を育成する事が教育の使命です。

 高等教育機関の役割は建学の精神に立脚し、社会・国家・地球、人類の未来・発展に貢献できる人材の育成を行うことが最も基本的な社会的責任です。そのために、志を持って入学する学生に学校・教育生活の最終到達点、総結集として学士力を育て、卒業後はしっかりと国内外の社会に貢献できるよう、教育・研究に最大限のエネルギーを費やし、教員と学生の双方で教えることへの誇りと教わることへの誇りを共有し合うことが大切です。

 筆者が36年間にわたる厚生省・厚生労働省での教育・研究・運営の経験を踏まえ、東京都市大学の人間科学部の開設および初代学部長として就任した時に作成した37の習慣を以下のPDFに示しました。(近藤雅雄、2025年3月16日掲載)
PDF:高等教育機関のリーダーに求められる37の習慣

こころとからだの健康(19)社会の急速な変貌と大学教育

 戦後の急速な発展に伴い、大家族の「集団」から核家族の「個」の社会へ、住居は木造建造物から鉄筋コンクリートへ、さらに、食生活は日本型食生活から、欧米など世界中の料理を自由に取捨選択できる豊かな自由型食生活へと時代はおおきく急速に変化しました。
 このような「家族」「食」と「住」という生活の根源的な部分だけでなく、日本は世界でもまれな食品ロスが多く、自殺率の高い国となると共に国家や組織に対して無関心で、脆弱な国民が増加してきています。また、格差が増し、超少子・高齢社会という少数単位での生活環境がこころとからだをさらに脆弱化しています。
 こうした現実は、とくに次世代をになう子どもたちの「対人技術の発達の遅れ」など各種脳力の低下が起こり、日本の未来において計り知れないほどの損失が生じるという危惧感を抱きます。
 一方で、遺伝子を用いた治療法の開発や日常生活の中にITAI技術が急速に発展し、今まさに「こころとからだの健康」を重視した教育が必要になっています。
 大学教育が全入時代となった今日、大学の質保証向上に対するさまざまな改革、グローバル化が行われていますが、教養の空洞化が年々大きく拡大し始めているように感じてなりません。人間社会と科学技術の発展との間に大きなラグが生じているのが現状であると思われます。 (近藤雅雄、2025年3月15日掲載)
PDF:社会の変貌と大学教育