研究回想6.せたがや福祉区民学会創設時の感謝と誇り

 平成21(2009)年12月,東京都世田谷区は福祉の発展・充実を期して,区内の福祉関連施設や事業所,大学,行政及び区民が自由に参加できる学術団体,「せたがや福祉区民学会(以下,区民学会)」をわが国ではじめて創設しました。その後16年経ち,大学,企業,団体の加盟が増え、産官学(行政・大学・企業)が共同で福祉に関わる諸問題を提起,研究し,その成果を区民に還元する学術組織となりました。創設メンバーの一人として誇りに思います。

1.区民学会設立
 区民学会の会員は世田谷区内の福祉施設や事業所で働き,学び,研究する人々で構成されています。目的は、福祉の向上と発展を目指し相互に対等平等な立場で,福祉実践活動の工夫や抱える課題などについて研究を行ない,その成果を発表,討議します。大会は,区内大学の福祉系学部が持ち回りで会場校となり会員と学生ボランティアが一体となって開催する。こうした福祉関係者と住民,学生と行政が一緒になって研究発表する学術会議(学会)は,国内では初めてと思います。そこで、創設時のメンバーの一人として,過去を研究回想しました。

2.区民学会加盟
 2009年4月、区内の武蔵工業大学と東横学園女子短期大学が統合され、総合大学として5学部からなる東京都市大学がスタートしました。新設の人間科学部には児童福祉関連の児童学科があり、開設後、世田谷区社会福祉事業団世田谷区福祉人材育成・研修センターの職員2人が来訪、面会しました。来訪目的は「区民学会」設立に関する同意と施設校としての参加要請でした。職員から学会の主旨、内容についての説明があり、初代会長は自閉症研究の第一人者石井哲夫先生、そして運営委員長が昭和女子大学教授の永山誠先生といった福祉関係の大御所でした。職員の強い熱意と誠意にこころ打たれ、そして地域貢献、社会貢献及び教育の観点から学会設立に同意し、参加することを承諾しました。

3.区民学会の運営と学会開催
 学会の運営会議はいつも忙しい時に小田急線成城学園前駅近くにある福祉人材育成・研修センターの研修室Aに午後7時から開催。第1回の運営委員会は10名の委員がそれぞれ福祉の現状と将来を考え、熱心に議論したことを覚えています。当時大学の加盟校は4校(昭和女子大,日大文理,駒大,都市大)でしたので、区民学会の開催頻度は高かったと記憶しています。
開催校を経験して、当時は予算が無く、スタッフはすべてボランテアなので、開催に当たって大学の施設利用許可申請手続きおよび学生の動員が大変でした。また、発表演題も新設校でまだ整わなかった状態でしたが、山岸道子先生ほか沢山の先生方、学生の協力があって何とか開催校としての責務を果たせました。とにかく開催校の負担は大きく、大変であったことを覚えています。しかし、学生への教育、地域貢献、社会貢献と自分に言い聞かせ、無事責任を果たしました。また、学会開催及び運営に多大なるご支援・ご助力・ご協力頂いた区の人材育成・研修センター職員の皆様にはこころより感謝を申し上げたことを思い出します。

おわりに
 現在,区民学会は139団体,10大学が加盟し,設立時とは比較にならない程発展しました(詳細は学会ホームページを参照)。そして,世田谷区の福祉政策・行政は科学的根拠に基づいたさまざまな新しい取り組みが行われ,行政機関や福祉関係から注目されているとのことです。福祉関連の仕事に従事している人や学んでいる学生にとっては,世田谷区は働き・学び甲斐のある地域のようです。この様な活動は,地域で学び、地域で育ち、地域の発展に貢献すると言った連鎖が起こります地域創生が求められる現代,このような活動を考えてはいかがでしょうか。

 もはや福祉文化都市となった世田谷区および区民学会の益々の発展と学会関係者各位のご活躍を祈念します。

 2025年11月8日、東京都市大学にて第17回大会が開催されました。そこで、下記PDFに13年前に同校で開催された第3回大会の総括を回想しました。(近藤雅雄、2026年5月18日掲載)

PDF:第3回全体総括2012.2.10

老人のつぶやき5.戦争や軍事活動によって破壊される地球

 人類の誕生以来、領土、資源、思想、宗教などといった多様な名目で、規模を変えながら綿々と続く争い。現在も、2020年12月24日、ロシアがウクライナを侵攻してから未だに戦争が続いている。そして、2024年から始まったイランとイスラエルの戦争、2026年には米国が参入しイスラエルと米国によるイラン攻撃米国のベネズエラ攻撃等々、ロシアと米国が関わる戦争に世界は混乱し、地球は悲鳴を上げている。
 国際秩序が崩壊しつつある現在、これら国際法で違法とされている戦争は、人命損失だけでなく、地球環境を破壊する行為であり、看過できない。その破壊は修復不可能であり、大量のエネルギーを消費し、土地、大気、海洋、森林を汚染し、気候・自然資源の悪化、生物多様性の減少など、甚大な被害をもたらす。このような不可逆的な環境破壊行為を許してはいけない。国際社会は地球環境を破壊するような戦争や軍事活動をできなくする新たなルールを作るべきです。 (近藤雅雄,2026年4月3日掲載)

戦争をなくしてみんなの地球を守ろう(作:近藤雅雄)

地球上には沢山の生き物が生活している
助け合いながら

この美しき地球は
人類だけのものではない
戦争は人類によって惹き起こされるが
どんな事情があれ、許されない

戦争は悪である
これを惹き起こす人間は最悪である

この世に表(陽)と裏(陰)があるように
平和を望む人と戦争を好む人がいる
しかし殆どの人は平和を望んでいる

みんなの力で
戦争しない国際ルールを作って
それを厳しく守れば
戦争を平和に変えることができる

地球は一人のもの、一国のものではない
地球はみんなのものだ
生き物たちすべての
みんなの地球だ

一人ひとりのいのちの尊さと
人を愛する心 感謝の心を持って
沢山の生き物が棲むこの美しい地球を
みんなの力で大切にしよう

世界の平和と地球の環境保全に貢献する
たくさんの仲間を増やそう

PDF:老人のつぶやき5

老人のつぶやき4.戦争と地球環境、世界の国際秩序は

 人類の持続した発展を願う上で、最も基本的で重要なことは、地球を大切にするこころを学ぶことです。そして、地球環境に負荷をかける生き方を改め、環境の改善・保全に全力で取組むことです。

 2020年12月8日、新型コロナウイルス(COVID-19)が中国武漢で発生して以来、南極大陸を除くすべての地域に瞬く間に広がりました。そして、日本では甚大な社会的、経済的不安を起こし、保健、医療、福祉、教育、食糧・食生活、地域社会、レジャー、仕事、働き方等々、国民生活に大きな影響を与えました。

 一方、世界では2022年2月24日のロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻、2026年1月3日の米国のトランプ大統領によるベネズエラへの攻撃、国家元首(大統領)拘束、2026年3月3日イランへの攻撃と最高指導者の殺害、イラン・イスラエル戦争イスラエル・米国によるイラン攻撃ホルムズ海峡の封鎖、また、北朝鮮の核開発など、世界情勢が急速に変化し、国際秩序に混乱が生じはじめています。これらを解決するには新たな政治・経済・環境・安全・人権・保健・医療等に対する国際的な監視・評価・審判機構の設置など、国際秩序の健全化への取組が望まれます。
また、人類が誕生して以来、綿々と「戦争と環境破壊」が続いていますが、いずれは人類の生存と地球環境に何らかの不可逆的な影響が出てくるのではないかと不安です。国際社会は直ちに地球と人類の持続した発展を図るべく地球環境の改善・保持に取組むべきです。

 私たち人類は自国愛ファーストではなく、この美しい地球に感謝するとともに、この美しい地球を次代に引継ぐことを第一に考え行動すべきです。愛国教育も大事ですが、それ以上に地球を愛するこころを育てる教育の方がもっと大切と思います。

 国際的な紛争・戦争、侵略、地球環境の破壊、人権侵害、関税の一方的引上げなどが公然と行われている現代、これら人類の平和な生活への脅威に関わる問題、国際秩序の安定と地球環境の保全は国連、各国政府機関、および国際的なNGOによって協働して進められていますが、残念ながら軍事大国の大統領による影響を受け易く、活動が平和裏に進まないことがあります。このようなことがないよう、新たな「国際秩序と地球環境を守る組織」を構築し、すべての国が人類・地球の持続的発展と平和を目指した活動に取組むよう期待したい。この取組は世界で唯一の被爆国であり、東京大空襲、沖縄大惨劇を経験した日本が中心となって進めてほしいと思います。(近藤雅雄、2026年4月2日掲載)

老人のつぶやき3.平和で美しい日本の持続的発展を願う

 次の世代へ平和で美しい日本を引き継ぐことは、今を生きる私たち共通の願いであり、責任でもあります。自然の豊かさ、文化の深さ、そして何より人々の心が穏やかでいられる社会を、守り続けたいとの願いで、つぶやきました。子どもたちの未来が心配で、ついついネガティブ思考・愚痴が多くなります。

 「喜怒哀楽」といった4つの基本的な人間の感情において、悲しい時に涙するのは動物の中で人間だけであり、感情をコントロールして「前へ」向う上で、また人間の魂を支えていく上でとても大切なことです。例えば、悲しみを抱えた場合、泣くことによって悲しみを乗り越え「前へ」進むことができます。もし、泣かない人間が多くなった時、社会はどうなるのでしょうか。
 1941年6月、民俗学者の柳田国男が発表した「涕泣(ていきゅう)史談」に「最近の日本人は泣かなくなったように見える」とあります。この年の12月に真珠湾攻撃が発生し、米・英国との太平洋戦争に突入しました。そして現代、日本は円安、物価高騰、詐欺等犯罪の多様化、SNSによる誹謗中傷、外交問題等々、「怒り」が多く見られるようになりました。

 日本は、ロシア、中国、北朝鮮といった近隣の国々や同盟国である米国などの動向、また地震などの突発的大規模自然災害によって大きく変わることが推測されます。
 また、社会的にIT、汎用AI、生成AI、フィジカルAI、デジタル化や各種詐欺などが国民生活に与える影響が加速しています。これらIT,AIに関わる企業の国及び国民への影響は大きく、正しい方向へと歩むことができるようマスコミ及び国は監視・指導するよう願っています。その他、様々な問題が日本及び世界で起こっています。

 これら、現代社会が抱える諸問題に対して、日本の持続的発展を願い、様々な不安を取り除くよう国家・国民が総力を挙げて取組むことを願っています。多くの政治的問題は与党を中心に遂行されます。その責任は非常に重たいですが、それ以上にメディアや野党の責任も大きい。メディアや与党、野党がしっかり機能していれば、日本は国民の願う方向に進んでいく筈です。

 気になる噂について、「老人のつぶやき27項目」として下記PDFに挙げました。国はこれら産業・経済・農業・教育・人口・インフラ・防災・外交・医療・福祉・科学等に関わる諸課題に対して謙虚に総力を挙げて取組んでほしい。戦後、平和への思いを掲げた世界唯一の平和憲法第2章第9条を変えることなく、したたかに生きることも肝要かと思います。(近藤雅雄、2026年4月1日掲載)

PDF:老人のつぶやき27項目

老人のつぶやき2.いのちを大切に~生きるこころと感謝

 人は、この世に生まれてきたことに対して、「感謝のこころを持って生きる力、いのちを大切にするこころ、他者を思いやるこころといった人としての基礎を育む」。これが人間形成の基盤と成すこころの教育です。地球上の全人類が同じ思いであると嬉しいです。
 人を含め、遺伝子を持つ生命(細胞)は必ず死を迎えます。は生きることが出来なくなった状態です。したがって、生命(いのち)とは生きている状態を指します。
 その生命とは次代を生産し、育てること。そして、知識や技術を次代に引継ぐことです。
 生きるとは満たされること。日々何かに満たされれば、次(明日)に繋がります。その繰返しが生きる糧となります。私たちは感謝の気持ちを持ち、楽しい、美しい景色を見て人生を謳歌したいものです。近藤雅雄(2026年3月25日掲載)

生きるこころ

生きるこころとは
それは生きる希望、夢です
希望、夢を心に抱き、明日に向かって生きようとするこころです
1日でも長く生きたいと思うこころです

飼い主に可愛がられていた忠犬ハチ公は、朝晩渋谷駅まで送り迎えしました
しかし、職場で飼い主が脳出血で死んでしまいます
それを知らないハチは帰ってくるはずのない飼い主を毎日迎えに行きました
10年間、雨が降っても雪が降っても、何も食べなくても、駅に行きました
それは毎日の希望、期待、夢でした
しかし、願叶わずひっそりと亡くなってしまいました
悲しい話ですが、1日でも長く生きたいというこころを学びます

すべての生き物(動物)は1日でも長く生きたいのです
明日への希望、夢を心に抱き、生きたいのです
私の希望、夢は孫の成長を1日でも長く見続けたい
そして、家族の笑顔を1日でも長く見続けたい

生きるこころを育てるには
生きる力、感謝するこころ
いのちを大切にするこころ
他者を思いやるこころ
前向きなこころ
諦めないこころ
そして、生涯、学ぶこころを育むことが大切です

しかし、生きるこころを奪う人間
生きるこころを奪う権力はいりません

以上、PDFにしました。

PDF:生きるこころ

老人のつぶやき1.退職前・後および若年期と高齢期の変化

 2021年7月、2回目の新型コロナウイルスワクチン接種後、健診で血液がんが発見、5年生存率36~40%と告げられる。以降、仕事を退職し、終活に取組んでいます。

 退職前は講義、講演、論文書きなど、教育・研究者として毎日充実した人生でした。また、人、物、環境とすべてが良い方向に行き、戦争もなく幸せな時代でした。研究環境ではタイプライター、ワープロ、コンピュータ、またポケベルPHS、携帯電話、スマートフォンなどと目まぐるしい社会の変遷を経験しました。
 一方で、地球環境は公害に代表されるように、多くの問題を出しました。1967年6月、私が勤めた厚生省国立公衆衛生院では大気汚染、水質汚染、騒音などによる公害に係わる衛生に関する調査・研修・研究を目的に公害衛生学部が新設されました。しばらくして、わが国からは公害と言う言葉は殆ど無くなると同時に国立公衆衛生院の公害衛生学部は1972年7月に地域環境衛生学部と名称変更されましたが、その後も環境汚染の公衆衛生学的対策に関するさまざまな最先端の教育・研究が続けられました。
 ところが、地球規模的には途上国が先進国と同じように公害を出している現状がありますが、これは頂けません。公害は人類共通の課題として学習し、地球の持続した発展を願うべく再度出さないことが大切です。さらに、ロシア、米国、イスラエルなどが行っている戦争、北朝鮮などが行っている核実験や弾道ミサイルの試射、そして世界中で発生している森林火災などは公害の最たるもので、すべてを破壊します。地球の温暖化生物多様性の減少、海洋汚染、大気汚染、放射性物質の放出等々、絶対に肯定できるものではありません。直ちに止めてほしいものです。

 退職後は自分自身のこころとからだの養生と生命(いのち)を課題として研究していますが、日々緊張感が薄れてきます。75歳の後期高齢期を境として、聴力、視力、咀嚼・嚥下力、筋力の衰えを実感すると共に知力(思考・記憶)、行動力の衰えを自覚します。そこで、養生のためこれらを少しでも是正すべく、視力、聴力、咀嚼力、筋力、知力及び意識の向上が図られる方法を調査・研究し、栄養管理と共に視力や聴力など感覚力の矯正、筋肉維持や学習のトレーニングを毎日の仕事と位置付け、実行しています。その効果は少しずつ表れていることを自覚しますが、これがいつまで続くかは不明です。

 今年77歳、がん患者として残り僅かな命ですが、珈琲を飲んでいる時や勉強している時、家族の笑顔を見たり花や金魚など自然に触れる時、“幸せ”を実感すると共にいのちに感謝します。これが生きるこころとなって、明日への希望、夢、期待に繋がって行くのでしょう。そして、子どもや孫の未来が平和で幸せであることを願って、笑顔で逝きたいと思っています。人は生まれた直後は生理学上泣きますが、死ぬ直後は両親・家族、いのちに感謝しつつ笑って逝きたいものです。(近藤雅雄、2026年3月24日掲載)

著書28~30.1971年~2021年の半世紀に亘る教育・研究活動

 1971年、厚生省国立公衆衛生院の栄養生化学部に採用され、公衆衛生学に関する多様な教育・研究活動が始まりました。国立公衆衛生院は公衆衛生学に関する教育と研究の総合機関でした。私は全国の衛生試験所や保健所、病院など公的機関で働く医師、看護師、栄養士、環境関係の技術者などに公衆衛生の最先端を教育・研究指導を行う総合機関として従事することに誇りを持って教育・研究に励んできました。そして、国民に対しては最良の保健・医療・福祉を提供する使命を常に持ち続けて厚生科学研究に励んできました。私は「研究の質の向上は教育の質の向上を担保する」を自分に言い聞かせ、非常に充実した教育・研究生活を送ることができました。
 そして、生命の根元物質である「ヘム」を中心に、さまざまな領域の研究を行うと同時に、国立公衆衛生院の特別課程や研究課程で教育・研究指導すると共に大学医学部、文系学部、理工系学部などで、講演や講義を行い、「教育と研究」の普及活動を行ないました。しかしながら、2002年3月、厚生省の機構改革によって残念ながら私を育ててくれた国立公衆衛生院は廃止されました。しかし、公衆衛生院の精神は退職した今も変わりなく、教育・研究活動を続けています。在職中に31年間の研究業績を次のキャリアアップとなるよう「国立公衆衛生院での研究のあゆみ」、1999年6月1日発行,164ページ、出版 (写真参照;著書28)として総括し、纏めました。
 国立公衆衛生院の廃止に伴い独立行政法人国立健康・栄養研究所へ出向を命ぜられ、5年間栄養生化学に関する研究を行いました。ここでも環境に順応し、精力的に研究活動を行ない、栄養学・食品学および免疫学を取り入れた多様な研究成果を出し、論文発表しました。そして、国立公衆衛生院時代から継続すると36年間、厚生省および厚生労働省の研究職として厚生行政に関わる教育・研究を行い、57歳で早期退職しました。
 その後、65歳までの8年間、五島育英会東横女子学園短期大学教授、武蔵工業大学教授兼学部長として採用されました。2年後、この2校が統合し新たに東京都市大学と校名変更され、新大学の教授兼学部長として6年間、教育・運営を行いました。また、大学の総合研究所の客員教授を8年間兼務し、自分の研究室を創り、研究を継続しました。この間に、研究の集大成として「教育・研究業績集」、2015年3月31日,151ページ(写真参照;著書29)を出版しました。
 また、大学在任中に、約40年間にわたる「遺伝性ポルフィリン症」研究の総仕上げを行うと同時に、厚生労働省と国会に働きかけて、わが国の難病制度を改め、新たに指定難病制度として法律化されました。これらの詳細については著書「指定難病、日本のポルフィリン症」に示しましたが、わが国で初めてこの病気の診断・検査法の開発、診断基準、発症機序、治療法、予後、臨床統計などについて、単行本として出版しました。
 これですべての仕事は終わるかと思いきや、長生学園にて研究指導を依頼され、さらに、国際鍼灸専門学校の学校長として任命され、70歳まで運営と教育・研究に専念することができました。
 そこで、1971~2021年の約50年間の教育・研究に関わる1400件以上の論文・著書などを公開してきた社会活動の総括として、本書「教育と研究 業績集1971年~2021年」として纏めました(写真参照;著書30)。そして、70歳以降も執筆活動は続け、ネットで「近藤雅雄の健康・栄養資料室」として原稿を掲載し続けています。
 「教育と研究 業績集1971~2021年」の目次は以下のPDFして下さい。(近藤雅雄、2022年3月31日掲載、2026年3月22日更新)
PDF:業績集目次

研究回想5.東京大学医学部第三内科第6研究室(6研)

 1971年、国立公衆衛生院に就職してから上司の浦田郡平先生に連れられ、先生の母校である東京大学医学部に行き、第三内科の教授室で中尾喜久先生にご挨拶をしたのを覚えています。中尾先生は血液学の世界的権威者で、第6研究室(血液研究室)を創設しました。
 研究室には、覚えているだけでも高久史麿先生、佐々茂先生、三浦恭定先生、溝口秀昭先生、三輪卓爾先生、今村幸雄先生、元吉和夫先生,青木洋祐先生、千葉省三先生、浦部晶夫先生、浅野茂隆先生,森真由美先生など優秀な先生方が在籍し、世界的な研究が行なわれていました。まさに血液学の頭脳であり、将来を担う優れた人材に溢れていました。超一流の医師であり研究者と同じ場所で研究できたことは私の誇りです。後に、先生方は大学教授などの要職に就かれ、世界の医学,血液学を牽引し、偉大な足跡を残しました。

 私は、浦田先生から共同研究者であった青木先生の下で研究の手伝いをすると同時に血液学を勉強してくるように指示されました。いわば体のいい国内留学です。青木先生は臨床能力が非常に高いと同時に研究能力もずば抜けていました。先生は鉄芽球性貧血症患者の骨髄赤芽球細胞内において、ヘム合成経路の最初の酵素δ-アミノレブリン酸合成酵素活性の減少を世界で初めて発見し、1971年ベルツ賞(一等)を受賞しています。

 6研といっても、一人ひとりのスペースは殆どなく、狭い部屋に何人もの先生方が入れ替わり出入りし、顕微鏡なども共同で利用していました。研究室では幹細胞の研究、エリスロポエチンや多血症マウスを用いた研究、赤芽球や顆粒球コロニーの作成、各造血因子の抽出、白血病治療研究、DNA合成など、先生方のそれぞれの研究内容はわかりませんでしたが、Nature, Lancet、BloodやJCIなど多くの国際的に有名な雑誌に掲載され、血液学に関する先駆的な研究が行われていました。研究室の雰囲気は今でも忘れません。

 研究はたとえ十分な予算や場所、スペース、最先端機器、設備備品などが無くても、やろと思えば24時間、いつでも、どこでもできるものです。重要なのはフロンテア精神、研究したいという意識と熱意です。そういう人々がこの狭い研究室に集まっていました。そして、私の研究者としての人生がここからスタートしました。6研の先生方との運命的な出会いは今でも大切にしています。先生方にこころより感謝します。とくに、直接ご指導を頂いた高久先生、佐々先生、青木先生、千葉先生、浦部先生、森先生にはこころより深謝します。また、人生の恩人、浦田先生に深謝します(近藤雅雄、2025年11月17日掲載)

著書27.自分史「教育と研究」家族との歩みと人生の目的

 両親は5人の子どもを育て、貧しいながらも地域社会の発展に大いに貢献しました。私が高校生の時には、兄姉皆独立して家を出ました。本書(A4版105頁、2021年5月1日発行)は2020~2021年のコロナ禍、これまでの人生を顧みる良い機会として、生誕から今日までの歩みを回想して人生の目的をさらに「前へ」進めるために執筆しました。

 家族の学びとして、早稲田大学法学部出身の父からは「社会の期待に応える生き方」、また、母からは「思い遣りと優しさ」、長男から「家族を大切にする姿勢」、次男から「何でも自分の力でやる精神」、三男から「自分が決めた道を信じて前へ」の言葉をそれぞれ頂き、今でも大切にしています。また姉からは登山の素晴らしさ、「自然を愛するこころ」を教えて頂きました。兄姉で登った白馬岳は初恋の山です。
 家族は生き物が好きで、犬、猫、鳥など様々な小動物、魚類、果実、野菜類や万年青など動・植物がいつも狭い敷地内に寄せ合っていました。これが私の「生命科学への興味」の原点です。
 社会人として、将来への道が拓けたのは国立公衆衛生院での公衆衛生学研究でした。そこで、生命の機序に関わる生化学(biochemistry)研究に興味を持ち、30歳にしてそれを理解してくれた嫁との結婚と同時に、両親と共に生活するための家を設計・新築し、新たな生活が始まりました。そして、11年後に父を、18年後には母をそれぞれ介護、見送りました。
 社会貢献としては、「研究者」の道と同時に、生理学、栄養学の講義を上司より勧められ、「教育者」としての道も歩むことになりました。初めての領域でしたので、夏のボーナスを全額注ぎ込んで国内外の専門書約30冊を購入し、独学した。執筆者が異なっていたので大変勉強になりました。これが後の研究者としての人生に大きく影響し、「やればできる(不可能なことはない)」「学ぶことに最大の価値を置く」「基本に戻る」が私の精神、哲学となっています。振返れば、業績として論文などの原稿執筆、国内外での講演、特許など、総計1500件以上となり、さらに、講義を45年間行い、教え子は1万人以上になります。年間60件以上の業績を出したことも何度かあります(メニューのプロフィール参照)。現在76歳、良い家族と仕事と仲間に恵まれ、多くの人々に支えられた人生でした。(近藤雅雄、2025年11月16日掲載)

著書26.絆:明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ

「夢を紡ぐ,夢を繋ぐ」、夢の翼
 子どもの頃は、いつも夢で溢れ、ちょっとした不思議なもの・些細なことでも目を見張る感性があり(Sense of wonder)、明日を夢見ていた。

 少年期から青春時代にかけては一気に世界が広がり、将来への望みが多くなり、多様な夢を見る夢多き時代でした。しかし、夢の多くが夢で終わり、消えていった。
 老人になると、未来への夢を見なくなり塞ぎがちになるが、夢に生きる老人は新鮮に光輝いている。明日を夢見るこころを忘れてはならない。

 そして、いきもの大好き家族の夢を紡ぎ、夢を繋ぐことが大切であることを知る。
 夢は、こころとからだの健康と繋がっている。健康な人はこころもからだも生き生きとし、次々と夢を描いてはそれを叶えていく。夢は人生だ。

 幸福と平和の夢の実現にはただ憧れているだけではなく、強い意志とその翼が必要だ。
 夢の翼は、個性であり、知の創造であり、知の結集である。そして、ロマンであり、情熱であり、未来へ飛翔する不滅の力であり、真の勇気であり、愛であり、感謝である。世界の人々が手をつなぎ、平和な多様性のある地球社会がやってくることを夢見る。

 夢は人生であり、計画だ。皆が光り輝く夢を見て、教育(今日行くところがある)と教養(今日用事がある)を高め、皆がそれぞれの人生を楽しく前向きに歩んでいく。
 そんな「夢を紡ぐ、夢を繋ぐ」“”を大切にしたい。

  “絆”「わが家系の回想」(明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ)
 本書(絆:近藤雅雄編,5人兄弟執筆,A4,92ページ,2021年4月1日出版)は、筆者が生まれ育った「近藤家」の未来への資料として纏めました。執筆した理由は、私たちは一人で生まれ、育ったのではなく、多くの人との関わり、絆があって誕生し、育つということを知って欲しい。そして、自分のルーツを知り、未来に向かって歩む力を身に付けるために。
 内容は明治生まれの父と母の生涯、その後を時代ごとに回想しました。父母は名古屋で生まれ、育ち、成長、やがて結婚し、東京で5人の子どもが誕生するまでの誕生期(1904~1949年)、5人の子どもが結婚し、子どもを授かるまでの黎明期(1950~1981年)、父母との永遠の別れと同時に5人の兄弟が成長し、新たな時代への転換となる創生期(1982~1997年)、5人兄弟の子どもが成長、孫が誕生し、次代への引継ぎと「千代の会」結成並びにその発展期(1998~2020年)、そして5人の兄弟すべてが高齢者となると同時に孫が成長、未来への扉が開き、持続可能な時代へと発展・移行を期する持続期(2021年~)として分けて整理しました。
 本書が10年後、20年後、50年後も引き継がれ、近藤家のすべての人が高い志、夢をもって新たな時代を担うべく、大きく成長し、社会へ貢献していって欲しいとの思いから纏めました。そして、両親の血を受継ぐすべての人が「いのちの尊さと感謝の気持ちを持って、人間として正しい判断力を身に付け、健康で質の高い生活を維持し、健康寿命の延伸を図って欲しいと願っています。また、後継者にはどのような遺伝子を受継いでいるかを知る貴重な資料ともなるでしょう。
 そして、地球上のすべての人が光輝く遺伝子をもって生まれてくるのです。その遺伝子が争いごとではなく、正しく教育・醸成され、人類が差別・格差なく、平和で、持続した国際社会の発展と持続した地球環境の保全に貢献することを願っています。(近藤雅雄、2025年9月23日掲載)

ネズミの目から赤いプロトポルフィリンが涙液中に出現

 ハーダー腺は、主に哺乳類、爬虫類、鳥類などの動物に見られる眼窩内に存在する腺で、眼窩の筋肉や涙腺と隣接し、涙や保護物質を分泌する腺です。涙液の油層成分を分泌する役割があり、特に水棲動物では眼球を保護する働きがあります。人間ではマイボーム腺がこの役割を担いますが、ウサギなど一部の動物ではハーダー腺が主要な油層分泌腺として機能します。
 ハ-ダ-腺は特にげっ歯類に良く発達し、光受容、内分泌、免疫など、さまざまな機能が想定されています。特にラットで発達、不規則な形をし、「紅涙」として目やにや涙として現れることがあります。なぜ目から赤い色素を分泌するのかについてはわかっていませんでした。
 最近になって、英国の研究グル-プがヘムを合成する酵素活性が他の組織臓器に比べて極めて低いために、基質であるプロトポルフィリンが大量に蓄積し、涙液中に出現することがわかりました。これらのことは、ハ-ダ-腺のポルフィリン・ヘム合成の調節が他の組織と異なっていることを示唆し、その起源および分子進化などの点で非常に興味が持たれています。(近藤雅雄、2025年5月4日掲載)

卵は新鮮な程,紫外線照射により美麗な赤色蛍光を発する

 卵を割らずに鮮度を評価する方法としては、以下のような方法が知られています。
1.水の中に入れると、新鮮な卵は水に沈んで横向きに倒れる。しかし、古くなった卵は、水に浮いたり、底で垂直に立ったりする。
2.10%の濃い食塩水に卵を沈めると、新鮮な卵はすぐに沈む。しかし、古い卵は、水に浮いてくるか、時間が経ってから沈む。
3.光に透かすと、新鮮な卵は、卵黄が小さく、白身が濃厚で白く濁っているように見える。鮮度が落ちた卵は、卵黄が大きく、白身が薄くて透明感がある。
などが知られていますが、卵の殻にポルフィリンが付着していることは意外と知られていません。

卵の殻に紫外線を照射するだけで卵の鮮度が分かる
 卵の殻には、消費者の購買意欲をそそるような色付き卵(褐色、ピンク色、青色など)が市販され、私たちの目を楽しませてくれます。これら色付き卵や白い卵の殻に暗室で紫外線(400nm付近の遠紫外線)を照射するととても美麗な赤色蛍光を発する(下の写真参照)。この蛍光は色付きに限らずすべての卵類は新鮮な程強く、逆に古いほど弱いことがわかりました。つまり、赤い蛍光物質はプロトポルフィリンと言ってヘム生合成の中間体です。
 鶏などの鳥類では、血漿中のプロトポルフィリンが卵管を介して卵殻(カルシウムと結合)に移動(排泄)するのではないかと推測されます。
 ポルフィリンは巨大なπ電子を持っていて、長い間太陽や蛍光灯などに曝されたり、空気で酸化されるとエネルギーを放出し、壊れていきます。したがって、鮮度が良いほど、紫外線を照射により赤色蛍光を発する。逆に古い卵は、赤色蛍光が弱い。
 白い卵の白色レグホンや赤玉鶏、名古屋コーチン(名古屋種)烏骨鶏アロウカナ、ウズラなどの卵類を調べましたが、新鮮な程卵が赤く美麗な輝きを放しました。その原因を分析したところすべてプロトポルフィリンでした。鳥類図鑑ではアロウカナの青い色素の原因はビリベルジンと書いてあったのを記憶していますがそれは間違いです。因みに、ポルフィリンに銅がキレートすると青色になります。
 卵のご提供を賜りました愛知県農業総合試験所に感謝します。(近藤雅雄、2025年5月3日掲載)

教育回想7.国際鍼灸専門学校令和2年度在校生・新入生へメッセージ

国際鍼灸専門学校の在校生並びに新入生の皆様
 昨年(2019)11~12月以降に中国武漢市で発生した新型コロナウイルス感染が世界中に広がり、パンデミック(世界的大流行)として大きな社会問題となっています。国内の教育機関もこの影響を受け、3学期は休校が相次ぐと同時に慌しい3学期となってしまいました。そして、大変残念ながら、3月31日をもって国際鍼灸専門学校退職に当たり、在校生及び新入生の皆様にご挨拶する機会を逸してしまいした。
皆さんへのメッセージを以下のPDFに認(したた)めました。(近藤雅雄、2020年3月28日掲載)
PDF:在校生・新入学生へのメッセージ

ポルフィリン-ALA学会から「学会賞」に続き「功績賞」を受賞

 4月22日、31年間通った元国立公衆衛生院(港区白金台)を久し振りに訪問しました。その後、当院の隣にある東京大学医科学研究所で開催された第6回ポルフィリンーALA学会の年会において、「功績賞」を受賞致しました。「功績賞」の盾にはポルフィリンーALA研究領域において、長年にわたり多大な功績をあげられました。よってここに功績賞を贈呈いたします』と刻まれていました。2003年の「学会賞」に続き2度目の受賞でした。この受賞は大変名誉なことで、お世話になった学会の役員・会員、1000人近くの共同研究者・研究協力者、そして恩師浦田郡平先生に感謝致します。また帰途、敷地内で衛生院時代の同僚である磯野威さんと偶然に出会ったことは嬉しかったです。

本学会設立の経緯
 私は元国立公衆衛生院にて、31年間、厚生行政に関わる研究・教育活動を行いました。その間、今から30年前の1986年にALA(δアミノレブリン酸)の代謝を行うALAD(ALA脱水酵素)が亜鉛酵素であることが分かり、臨床医学、公衆衛生学・衛生学・産業衛生学、生化学、植物学、栄養学など多分野から注目され、そこで、職場の仲間と共にALAD研究会を創設しました。4年後の1990年には、研究領域を拡大・全国組織として、ポルフィリン研究会と名称変更・規約を作成し、国立公衆衛生院にて第1回の総会を開催すると同時に査読付論文掲載雑誌「PORPHYRINS」を定期的刊行物(季刊)として出版を始めました。当時は年に2回研究発表会、4年に1回国際学会を行っておりました。
 その後、時代は変わり、2011年にALA研究会を主宰する先生方とポルフィリン研究会を主宰する先生方のご努力によって、両研究会が統合され、「ポルフィリン‐ALA学会」が誕生し、今日まで発展・充実してきました。

 写真の建物は元国立公衆衛生院:2002年(平成14)4月に、旧厚生省の付属試験研究機関の再編成によって64年間の歴史を閉じました。建物は現在もそのままの状態で残っています(2016年4月22日、筆者撮影)。この建物は米国ロックフェラー財団の全額寄付によって建てられ、竣工当時は国会議事堂の次に高い建物で大変眺望が良かったそうです。
 日本建築学会が編集した日本建築物総覧(1980年)には特筆に値する建築物14000件および特に重要な2000件の中に本院建物は含まれ、同会長名による「近代日本の進歩と地域景観に寄与した」として、永く保存されたき旨の依願状を受けています。
 私は、本院で31年間、教育・研究活動に身を投じて行ってきた一人、重要文化財に近いものとして永く保存されることを願っています。本院は日本の公衆衛生学発祥の地です。(近藤雅雄、2016年4月25日掲載)

 下記に、学会賞受賞の講演要旨をPDFに示しました。(2025年11月24日更新)
PDF:学会賞受賞講演要旨

大学教養講座「人間と自然・地球環境」に関する基本的話題

 地球上に人類が誕生して以来、近年の急速な人間文明の進歩、産業・科学技術の発達が人間生活に多様な利便性、合理性を与えるようになった反面、私たちの住む地球環境に、本来持っている自浄作用、維持能力を超えた様々な弊害(地球環境問題)をもたらすようになりました。
 私たちにとってかけがえのない地球環境に与える直接的、間接的な原因等、環境影響の度合いは様々です。今やそれらの原因の中から、人間と自然・地球環境とのかかわりを学び、この美しい地球を次代に引き継ぎ、人類の持続可能な文明・社会を形成していくための方策を、具体的に自分の課題として考える時代に突入している。
内容は以下のPDF参照。(近藤雅雄、2015年9月20日掲載)
PDF:人間と地球環境

人口減少を抱える日本の深刻な問題「地球人口と日本」

 地球に住む人間の数は、1950年に25億2,935万であったのが、2000年には2.4倍の61億1,537万人、2050年には91億4,998万人(2010年69億869万人)と年々増加しています。しかし、日本では諸外国に比して、減少しています。
 人口問題として、人口の増加は食糧問題、飲料水問題、住む土地の狭小などの侵略の問題、貧困などの格差の問題、地球温暖化、公害、地球資源劣化などの地球環境の問題など、多くの問題を抱えています。一方、人口の減少は国の経済力の低下や防衛の脆弱性や易侵略性を抱え、国として大きな問題です。以下のPDFを参照して下さい。(近藤雅雄、2015年9月9日掲載)
PDF:地球と日本と人口