1971年、国立公衆衛生院に就職してから上司の浦田郡平先生に連れられ、先生の母校である東京大学医学部に行き、第三内科の教授室で中尾喜久先生にご挨拶をしたのを覚えています。中尾先生は血液学の世界的権威者で、第6研究室(血液研究室)を創設しました。
研究室には、覚えているだけでも高久史麿先生、佐々茂先生、三浦恭定先生、溝口秀昭先生、三輪卓爾先生、今村幸雄先生、元吉和夫先生,青木洋祐先生、千葉省三先生、浦部晶夫先生、浅野茂隆先生,森真由美先生など優秀な先生方が在籍し、世界的な研究が行なわれていました。まさに血液学の頭脳であり、将来を担う優れた人材に溢れていました。超一流の医師であり研究者と同じ場所で研究できたことは私の誇りです。後に、先生方は大学教授などの要職に就かれ、世界の医学,血液学を牽引し、偉大な足跡を残しました。
私は、浦田先生から共同研究者であった青木先生の下で研究の手伝いをすると同時に血液学を勉強してくるように指示されました。いわば体のいい国内留学です。青木先生は臨床能力が非常に高いと同時に研究能力もずば抜けていました。先生は鉄芽球性貧血症患者の骨髄赤芽球細胞内において、ヘム合成経路の最初の酵素δ-アミノレブリン酸合成酵素活性の減少を世界で初めて発見し、1971年ベルツ賞(一等)を受賞しています。
6研といっても、一人ひとりのスペースは殆どなく、狭い部屋に何人もの先生方が入れ替わり出入りし、顕微鏡なども共同で利用していました。研究室では幹細胞の研究、エリスロポエチンや多血症マウスを用いた研究、赤芽球や顆粒球コロニーの作成、各造血因子の抽出、白血病治療研究、DNA合成など、先生方のそれぞれの研究内容はわかりませんでしたが、Nature, Lancet、BloodやJCIなど多くの国際的に有名な雑誌に掲載され、血液学に関する先駆的な研究が行われていました。研究室の雰囲気は今でも忘れません。
研究はたとえ十分な予算や場所、スペース、最先端機器、設備備品などが無くても、やろと思えば24時間、いつでも、どこでもできるものです。重要なのはフロンテア精神、研究したいという意識と熱意です。そういう人々がこの狭い研究室に集まっていました。そして、私の研究者としての人生がここからスタートしました。6研の先生方との運命的な出会いは今でも大切にしています。先生方にこころより感謝します。とくに、直接ご指導を頂いた高久先生、佐々先生、青木先生、千葉先生、浦部先生、森先生にはこころより深謝します。また、人生の恩人、浦田先生に深謝します(近藤雅雄、2025年11月17日掲載)
著書27.自分史「教育と研究」家族との歩みと人生の目的
両親は5人の子どもを育て、貧しいながらも地域社会の発展に大いに貢献しました。私が高校生の時には、兄姉皆独立して家を出ました。本書(A4版105頁、2021年5月1日発行)は2020~2021年のコロナ禍、これまでの人生を顧みる良い機会として、生誕から今日までの歩みを回想して人生の目的をさらに「前へ」進めるために執筆しました。
家族の学びとして、早稲田大学法学部出身の父からは「社会の期待に応える生き方」、また、母からは「思い遣りと優しさ」、長男から「家族を大切にする姿勢」、次男から「何でも自分の力でやる精神」、三男から「自分が決めた道を信じて前へ」の言葉をそれぞれ頂き、今でも大切にしています。また姉からは登山の素晴らしさ、「自然を愛するこころ」を教えて頂きました。兄姉で登った白馬岳は初恋の山です。
家族は生き物が好きで、犬、猫、鳥など様々な小動物、魚類、果実、野菜類や万年青など動・植物がいつも狭い敷地内に寄せ合っていました。これが私の「生命科学への興味」の原点です。
社会人として、将来への道が拓けたのは国立公衆衛生院での公衆衛生学研究でした。そこで、生命の機序に関わる生化学(biochemistry)研究に興味を持ち、30歳にしてそれを理解してくれた嫁との結婚と同時に、両親と共に生活するための家を設計・新築し、新たな生活が始まりました。そして、11年後に父を、18年後には母をそれぞれ介護、見送りました。
社会貢献としては、「研究者」の道と同時に、生理学、栄養学の講義を上司より勧められ、「教育者」としての道も歩むことになりました。初めての領域でしたので、夏のボーナスを全額注ぎ込んで国内外の専門書約30冊を購入し、独学した。執筆者が異なっていたので大変勉強になりました。これが後の研究者としての人生に大きく影響し、「やればできる(不可能なことはない)」「学ぶことに最大の価値を置く」「基本に戻る」が私の精神、哲学となっています。振返れば、業績として論文などの原稿執筆、国内外での講演、特許など、総計1500件以上となり、さらに、講義を45年間行い、教え子は1万人以上になります。年間60件以上の業績を出したことも何度かあります(メニューのプロフィール参照)。現在76歳、良い家族と仕事と仲間に恵まれ、多くの人々に支えられた人生でした。(近藤雅雄、2025年11月16日掲載)
家族の学びとして、早稲田大学法学部出身の父からは「社会の期待に応える生き方」、また、母からは「思い遣りと優しさ」、長男から「家族を大切にする姿勢」、次男から「何でも自分の力でやる精神」、三男から「自分が決めた道を信じて前へ」の言葉をそれぞれ頂き、今でも大切にしています。また姉からは登山の素晴らしさ、「自然を愛するこころ」を教えて頂きました。兄姉で登った白馬岳は初恋の山です。
家族は生き物が好きで、犬、猫、鳥など様々な小動物、魚類、果実、野菜類や万年青など動・植物がいつも狭い敷地内に寄せ合っていました。これが私の「生命科学への興味」の原点です。
社会人として、将来への道が拓けたのは国立公衆衛生院での公衆衛生学研究でした。そこで、生命の機序に関わる生化学(biochemistry)研究に興味を持ち、30歳にしてそれを理解してくれた嫁との結婚と同時に、両親と共に生活するための家を設計・新築し、新たな生活が始まりました。そして、11年後に父を、18年後には母をそれぞれ介護、見送りました。
社会貢献としては、「研究者」の道と同時に、生理学、栄養学の講義を上司より勧められ、「教育者」としての道も歩むことになりました。初めての領域でしたので、夏のボーナスを全額注ぎ込んで国内外の専門書約30冊を購入し、独学した。執筆者が異なっていたので大変勉強になりました。これが後の研究者としての人生に大きく影響し、「やればできる(不可能なことはない)」「学ぶことに最大の価値を置く」「基本に戻る」が私の精神、哲学となっています。振返れば、業績として論文などの原稿執筆、国内外での講演、特許など、総計1500件以上となり、さらに、講義を45年間行い、教え子は1万人以上になります。年間60件以上の業績を出したことも何度かあります(メニューのプロフィール参照)。現在76歳、良い家族と仕事と仲間に恵まれ、多くの人々に支えられた人生でした。(近藤雅雄、2025年11月16日掲載)
著書26.絆:明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ
「夢を紡ぐ,夢を繋ぐ」、夢の翼
子どもの頃は、いつも夢で溢れ、ちょっとした不思議なもの・些細なことでも目を見張る感性があり(Sense of wonder)、明日を夢見ていた。
少年期から青春時代にかけては一気に世界が広がり、将来への望みが多くなり、多様な夢を見る夢多き時代でした。しかし、夢の多くが夢で終わり、消えていった。
老人になると、未来への夢を見なくなり塞ぎがちになるが、夢に生きる老人は新鮮に光輝いている。明日を夢見るこころを忘れてはならない。
そして、いきもの大好き家族の夢を紡ぎ、夢を繋ぐことが大切であることを知る。
夢は、こころとからだの健康と繋がっている。健康な人はこころもからだも生き生きとし、次々と夢を描いてはそれを叶えていく。夢は人生だ。
幸福と平和の夢の実現にはただ憧れているだけではなく、強い意志とその翼が必要だ。
夢の翼は、個性であり、知の創造であり、知の結集である。そして、ロマンであり、情熱であり、未来へ飛翔する不滅の力であり、真の勇気であり、愛であり、感謝である。世界の人々が手をつなぎ、平和な多様性のある地球社会がやってくることを夢見る。
夢は人生であり、計画だ。皆が光り輝く夢を見て、教育(今日行くところがある)と教養(今日用事がある)を高め、皆がそれぞれの人生を楽しく前向きに歩んでいく。
そんな「夢を紡ぐ、夢を繋ぐ」“絆”を大切にしたい。
“絆”「わが家系の回想」(明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ)
本書(絆:近藤雅雄編,5人兄弟執筆,A4,92ページ,2021年4月1日出版)は、筆者が生まれ育った「近藤家」の未来への資料として纏めました。執筆した理由は、私たちは一人で生まれ、育ったのではなく、多くの人との関わり、絆があって誕生し、育つということを知って欲しい。そして、自分のルーツを知り、未来に向かって歩む力を身に付けるために。
内容は明治生まれの父と母の生涯、その後を時代ごとに回想しました。父母は名古屋で生まれ、育ち、成長、やがて結婚し、東京で5人の子どもが誕生するまでの誕生期(1904~1949年)、5人の子どもが結婚し、子どもを授かるまでの黎明期(1950~1981年)、父母との永遠の別れと同時に5人の兄弟が成長し、新たな時代への転換となる創生期(1982~1997年)、5人兄弟の子どもが成長、孫が誕生し、次代への引継ぎと「千代の会」結成並びにその発展期(1998~2020年)、そして5人の兄弟すべてが高齢者となると同時に孫が成長、未来への扉が開き、持続可能な時代へと発展・移行を期する持続期(2021年~)として分けて整理しました。
本書が10年後、20年後、50年後も引き継がれ、近藤家のすべての人が高い志、夢をもって新たな時代を担うべく、大きく成長し、社会へ貢献していって欲しいとの思いから纏めました。そして、両親の血を受継ぐすべての人が「いのちの尊さと感謝の気持ちを持って、人間として正しい判断力を身に付け、健康で質の高い生活を維持し、健康寿命の延伸を図って欲しいと願っています。また、後継者にはどのような遺伝子を受継いでいるかを知る貴重な資料ともなるでしょう。
そして、地球上のすべての人が光輝く遺伝子をもって生まれてくるのです。その遺伝子が争いごとではなく、正しく教育・醸成され、人類が差別・格差なく、平和で、持続した国際社会の発展と持続した地球環境の保全に貢献することを願っています。(近藤雅雄、2025年9月23日掲載)
子どもの頃は、いつも夢で溢れ、ちょっとした不思議なもの・些細なことでも目を見張る感性があり(Sense of wonder)、明日を夢見ていた。
少年期から青春時代にかけては一気に世界が広がり、将来への望みが多くなり、多様な夢を見る夢多き時代でした。しかし、夢の多くが夢で終わり、消えていった。
老人になると、未来への夢を見なくなり塞ぎがちになるが、夢に生きる老人は新鮮に光輝いている。明日を夢見るこころを忘れてはならない。
そして、いきもの大好き家族の夢を紡ぎ、夢を繋ぐことが大切であることを知る。
夢は、こころとからだの健康と繋がっている。健康な人はこころもからだも生き生きとし、次々と夢を描いてはそれを叶えていく。夢は人生だ。
幸福と平和の夢の実現にはただ憧れているだけではなく、強い意志とその翼が必要だ。
夢の翼は、個性であり、知の創造であり、知の結集である。そして、ロマンであり、情熱であり、未来へ飛翔する不滅の力であり、真の勇気であり、愛であり、感謝である。世界の人々が手をつなぎ、平和な多様性のある地球社会がやってくることを夢見る。
夢は人生であり、計画だ。皆が光り輝く夢を見て、教育(今日行くところがある)と教養(今日用事がある)を高め、皆がそれぞれの人生を楽しく前向きに歩んでいく。
そんな「夢を紡ぐ、夢を繋ぐ」“絆”を大切にしたい。
“絆”「わが家系の回想」(明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ)
本書(絆:近藤雅雄編,5人兄弟執筆,A4,92ページ,2021年4月1日出版)は、筆者が生まれ育った「近藤家」の未来への資料として纏めました。執筆した理由は、私たちは一人で生まれ、育ったのではなく、多くの人との関わり、絆があって誕生し、育つということを知って欲しい。そして、自分のルーツを知り、未来に向かって歩む力を身に付けるために。
内容は明治生まれの父と母の生涯、その後を時代ごとに回想しました。父母は名古屋で生まれ、育ち、成長、やがて結婚し、東京で5人の子どもが誕生するまでの誕生期(1904~1949年)、5人の子どもが結婚し、子どもを授かるまでの黎明期(1950~1981年)、父母との永遠の別れと同時に5人の兄弟が成長し、新たな時代への転換となる創生期(1982~1997年)、5人兄弟の子どもが成長、孫が誕生し、次代への引継ぎと「千代の会」結成並びにその発展期(1998~2020年)、そして5人の兄弟すべてが高齢者となると同時に孫が成長、未来への扉が開き、持続可能な時代へと発展・移行を期する持続期(2021年~)として分けて整理しました。
本書が10年後、20年後、50年後も引き継がれ、近藤家のすべての人が高い志、夢をもって新たな時代を担うべく、大きく成長し、社会へ貢献していって欲しいとの思いから纏めました。そして、両親の血を受継ぐすべての人が「いのちの尊さと感謝の気持ちを持って、人間として正しい判断力を身に付け、健康で質の高い生活を維持し、健康寿命の延伸を図って欲しいと願っています。また、後継者にはどのような遺伝子を受継いでいるかを知る貴重な資料ともなるでしょう。
そして、地球上のすべての人が光輝く遺伝子をもって生まれてくるのです。その遺伝子が争いごとではなく、正しく教育・醸成され、人類が差別・格差なく、平和で、持続した国際社会の発展と持続した地球環境の保全に貢献することを願っています。(近藤雅雄、2025年9月23日掲載)
ネズミの目から赤いプロトポルフィリンが涙液中に出現
ハーダー腺は、主に哺乳類、爬虫類、鳥類などの動物に見られる眼窩内に存在する腺で、眼窩の筋肉や涙腺と隣接し、涙や保護物質を分泌する腺です。涙液の油層成分を分泌する役割があり、特に水棲動物では眼球を保護する働きがあります。人間ではマイボーム腺がこの役割を担いますが、ウサギなど一部の動物ではハーダー腺が主要な油層分泌腺として機能します。
ハ-ダ-腺は特にげっ歯類に良く発達し、光受容、内分泌、免疫など、さまざまな機能が想定されています。特にラットで発達、不規則な形をし、「紅涙」として目やにや涙として現れることがあります。なぜ目から赤い色素を分泌するのかについてはわかっていませんでした。
最近になって、英国の研究グル-プがヘムを合成する酵素活性が他の組織臓器に比べて極めて低いために、基質であるプロトポルフィリンが大量に蓄積し、涙液中に出現することがわかりました。これらのことは、ハ-ダ-腺のポルフィリン・ヘム合成の調節が他の組織と異なっていることを示唆し、その起源および分子進化などの点で非常に興味が持たれています。(近藤雅雄、2025年5月4日掲載)
ハ-ダ-腺は特にげっ歯類に良く発達し、光受容、内分泌、免疫など、さまざまな機能が想定されています。特にラットで発達、不規則な形をし、「紅涙」として目やにや涙として現れることがあります。なぜ目から赤い色素を分泌するのかについてはわかっていませんでした。
最近になって、英国の研究グル-プがヘムを合成する酵素活性が他の組織臓器に比べて極めて低いために、基質であるプロトポルフィリンが大量に蓄積し、涙液中に出現することがわかりました。これらのことは、ハ-ダ-腺のポルフィリン・ヘム合成の調節が他の組織と異なっていることを示唆し、その起源および分子進化などの点で非常に興味が持たれています。(近藤雅雄、2025年5月4日掲載)
卵は新鮮な程,紫外線照射により美麗な赤色蛍光を発する
卵を割らずに鮮度を評価する方法としては、以下のような方法が知られています。
1.水の中に入れると、新鮮な卵は水に沈んで横向きに倒れる。しかし、古くなった卵は、水に浮いたり、底で垂直に立ったりする。
2.10%の濃い食塩水に卵を沈めると、新鮮な卵はすぐに沈む。しかし、古い卵は、水に浮いてくるか、時間が経ってから沈む。
3.光に透かすと、新鮮な卵は、卵黄が小さく、白身が濃厚で白く濁っているように見える。鮮度が落ちた卵は、卵黄が大きく、白身が薄くて透明感がある。
などが知られていますが、卵の殻にポルフィリンが付着していることは意外と知られていません。
卵の殻に紫外線を照射するだけで卵の鮮度が分かる
卵の殻には、消費者の購買意欲をそそるような色付き卵(褐色、ピンク色、青色など)が市販され、私たちの目を楽しませてくれます。これら色付き卵や白い卵の殻に暗室で紫外線(400nm付近の遠紫外線)を照射するととても美麗な赤色蛍光を発する(下の写真参照)。この蛍光は色付きに限らずすべての卵類は新鮮な程強く、逆に古いほど弱いことがわかりました。つまり、赤い蛍光物質はプロトポルフィリンと言ってヘム生合成の中間体です。
鶏などの鳥類では、血漿中のプロトポルフィリンが卵管を介して卵殻(カルシウムと結合)に移動(排泄)するのではないかと推測されます。
ポルフィリンは巨大なπ電子を持っていて、長い間太陽や蛍光灯などに曝されたり、空気で酸化されるとエネルギーを放出し、壊れていきます。したがって、鮮度が良いほど、紫外線を照射により赤色蛍光を発する。逆に古い卵は、赤色蛍光が弱い。
白い卵の白色レグホンや赤玉鶏、名古屋コーチン(名古屋種)、烏骨鶏、アロウカナ、ウズラなどの卵類を調べましたが、新鮮な程卵が赤く美麗な輝きを放しました。その原因を分析したところすべてプロトポルフィリンでした。鳥類図鑑ではアロウカナの青い色素の原因はビリベルジンと書いてあったのを記憶していますがそれは間違いです。因みに、ポルフィリンに銅がキレートすると青色になります。
卵のご提供を賜りました愛知県農業総合試験所に感謝します。(近藤雅雄、2025年5月3日掲載)
1.水の中に入れると、新鮮な卵は水に沈んで横向きに倒れる。しかし、古くなった卵は、水に浮いたり、底で垂直に立ったりする。
2.10%の濃い食塩水に卵を沈めると、新鮮な卵はすぐに沈む。しかし、古い卵は、水に浮いてくるか、時間が経ってから沈む。
3.光に透かすと、新鮮な卵は、卵黄が小さく、白身が濃厚で白く濁っているように見える。鮮度が落ちた卵は、卵黄が大きく、白身が薄くて透明感がある。
などが知られていますが、卵の殻にポルフィリンが付着していることは意外と知られていません。
卵の殻に紫外線を照射するだけで卵の鮮度が分かる
卵の殻には、消費者の購買意欲をそそるような色付き卵(褐色、ピンク色、青色など)が市販され、私たちの目を楽しませてくれます。これら色付き卵や白い卵の殻に暗室で紫外線(400nm付近の遠紫外線)を照射するととても美麗な赤色蛍光を発する(下の写真参照)。この蛍光は色付きに限らずすべての卵類は新鮮な程強く、逆に古いほど弱いことがわかりました。つまり、赤い蛍光物質はプロトポルフィリンと言ってヘム生合成の中間体です。
鶏などの鳥類では、血漿中のプロトポルフィリンが卵管を介して卵殻(カルシウムと結合)に移動(排泄)するのではないかと推測されます。
ポルフィリンは巨大なπ電子を持っていて、長い間太陽や蛍光灯などに曝されたり、空気で酸化されるとエネルギーを放出し、壊れていきます。したがって、鮮度が良いほど、紫外線を照射により赤色蛍光を発する。逆に古い卵は、赤色蛍光が弱い。
白い卵の白色レグホンや赤玉鶏、名古屋コーチン(名古屋種)、烏骨鶏、アロウカナ、ウズラなどの卵類を調べましたが、新鮮な程卵が赤く美麗な輝きを放しました。その原因を分析したところすべてプロトポルフィリンでした。鳥類図鑑ではアロウカナの青い色素の原因はビリベルジンと書いてあったのを記憶していますがそれは間違いです。因みに、ポルフィリンに銅がキレートすると青色になります。
卵のご提供を賜りました愛知県農業総合試験所に感謝します。(近藤雅雄、2025年5月3日掲載)
1994年からこのブログに掲載したオリジナル原稿一覧
2015年5月から2022年8月までの7年間にこのブログに執筆、掲載した原稿の数は、106件になりました。これまでの掲載原稿を一覧としてPDFに収めましたので、本文の検索、引用等にご利用ください。
PDF:ブログ記事掲載原稿一覧
PDF:ブログ記事掲載原稿一覧
教育回想7.国際鍼灸専門学校令和2年度在校生・新入生へメッセージ
国際鍼灸専門学校の在校生並びに新入生の皆様
昨年(2019)11~12月以降に中国武漢市で発生した新型コロナウイルス感染が世界中に広がり、パンデミック(世界的大流行)として大きな社会問題となっています。国内の教育機関もこの影響を受け、3学期は休校が相次ぐと同時に慌しい3学期となってしまいました。そして、大変残念ながら、3月31日をもって国際鍼灸専門学校退職に当たり、在校生及び新入生の皆様にご挨拶する機会を逸してしまいした。
皆さんへのメッセージを以下のPDFに認(したた)めました。(近藤雅雄、2020年3月28日掲載)
PDF:在校生・新入学生へのメッセージ
昨年(2019)11~12月以降に中国武漢市で発生した新型コロナウイルス感染が世界中に広がり、パンデミック(世界的大流行)として大きな社会問題となっています。国内の教育機関もこの影響を受け、3学期は休校が相次ぐと同時に慌しい3学期となってしまいました。そして、大変残念ながら、3月31日をもって国際鍼灸専門学校退職に当たり、在校生及び新入生の皆様にご挨拶する機会を逸してしまいした。
皆さんへのメッセージを以下のPDFに認(したた)めました。(近藤雅雄、2020年3月28日掲載)
PDF:在校生・新入学生へのメッセージ
ポルフィリン-ALA学会から「学会賞」に続き「功績賞」を受賞
4月22日、31年間通った元国立公衆衛生院(港区白金台)を久し振りに訪問しました。その後、当院の隣にある東京大学医科学研究所で開催された第6回ポルフィリンーALA学会の年会において、「功績賞」を受賞致しました。「功績賞」の盾にはポルフィリンーALA研究領域において、長年にわたり多大な功績をあげられました。よってここに功績賞を贈呈いたします』と刻まれていました。2003年の「学会賞」に続き2度目の受賞でした。この受賞は大変名誉なことで、お世話になった学会の役員・会員、1000人近くの共同研究者・研究協力者、そして恩師浦田郡平先生に感謝致します。また帰途、敷地内で衛生院時代の同僚である磯野威さんと偶然に出会ったことは嬉しかったです。
本学会設立の経緯
私は元国立公衆衛生院にて、31年間、厚生行政に関わる研究・教育活動を行いました。その間、今から30年前の1986年にALA(δアミノレブリン酸)の代謝を行うALAD(ALA脱水酵素)が亜鉛酵素であることが分かり、臨床医学、公衆衛生学・衛生学・産業衛生学、生化学、植物学、栄養学など多分野から注目され、そこで、職場の仲間と共にALAD研究会を創設しました。4年後の1990年には、研究領域を拡大・全国組織として、ポルフィリン研究会と名称変更・規約を作成し、国立公衆衛生院にて第1回の総会を開催すると同時に査読付論文掲載雑誌「PORPHYRINS」を定期的刊行物(季刊)として出版を始めました。当時は年に2回研究発表会、4年に1回国際学会を行っておりました。
その後、時代は変わり、2011年にALA研究会を主宰する先生方とポルフィリン研究会を主宰する先生方のご努力によって、両研究会が統合され、「ポルフィリン‐ALA学会」が誕生し、今日まで発展・充実してきました。
写真の建物は元国立公衆衛生院:2002年(平成14)4月に、旧厚生省の付属試験研究機関の再編成によって64年間の歴史を閉じました。建物は現在もそのままの状態で残っています(2016年4月22日、筆者撮影)。この建物は米国ロックフェラー財団の全額寄付によって建てられ、竣工当時は国会議事堂の次に高い建物で大変眺望が良かったそうです。
日本建築学会が編集した日本建築物総覧(1980年)には特筆に値する建築物14000件および特に重要な2000件の中に本院建物は含まれ、同会長名による「近代日本の進歩と地域景観に寄与した」として、永く保存されたき旨の依願状を受けています。
私は、本院で31年間、教育・研究活動に身を投じて行ってきた一人、重要文化財に近いものとして永く保存されることを願っています。本院は日本の公衆衛生学発祥の地です。(近藤雅雄、2016年4月25日掲載)
下記に、学会賞受賞の講演要旨をPDFに示しました。(2025年11月24日更新)
PDF:学会賞受賞講演要旨
本学会設立の経緯
私は元国立公衆衛生院にて、31年間、厚生行政に関わる研究・教育活動を行いました。その間、今から30年前の1986年にALA(δアミノレブリン酸)の代謝を行うALAD(ALA脱水酵素)が亜鉛酵素であることが分かり、臨床医学、公衆衛生学・衛生学・産業衛生学、生化学、植物学、栄養学など多分野から注目され、そこで、職場の仲間と共にALAD研究会を創設しました。4年後の1990年には、研究領域を拡大・全国組織として、ポルフィリン研究会と名称変更・規約を作成し、国立公衆衛生院にて第1回の総会を開催すると同時に査読付論文掲載雑誌「PORPHYRINS」を定期的刊行物(季刊)として出版を始めました。当時は年に2回研究発表会、4年に1回国際学会を行っておりました。
その後、時代は変わり、2011年にALA研究会を主宰する先生方とポルフィリン研究会を主宰する先生方のご努力によって、両研究会が統合され、「ポルフィリン‐ALA学会」が誕生し、今日まで発展・充実してきました。
写真の建物は元国立公衆衛生院:2002年(平成14)4月に、旧厚生省の付属試験研究機関の再編成によって64年間の歴史を閉じました。建物は現在もそのままの状態で残っています(2016年4月22日、筆者撮影)。この建物は米国ロックフェラー財団の全額寄付によって建てられ、竣工当時は国会議事堂の次に高い建物で大変眺望が良かったそうです。
日本建築学会が編集した日本建築物総覧(1980年)には特筆に値する建築物14000件および特に重要な2000件の中に本院建物は含まれ、同会長名による「近代日本の進歩と地域景観に寄与した」として、永く保存されたき旨の依願状を受けています。
私は、本院で31年間、教育・研究活動に身を投じて行ってきた一人、重要文化財に近いものとして永く保存されることを願っています。本院は日本の公衆衛生学発祥の地です。(近藤雅雄、2016年4月25日掲載)
下記に、学会賞受賞の講演要旨をPDFに示しました。(2025年11月24日更新)
PDF:学会賞受賞講演要旨
大学教養講座「人間と自然・地球環境」に関する基本的話題
地球上に人類が誕生して以来、近年の急速な人間文明の進歩、産業・科学技術の発達が人間生活に多様な利便性、合理性を与えるようになった反面、私たちの住む地球環境に、本来持っている自浄作用、維持能力を超えた様々な弊害(地球環境問題)をもたらすようになりました。
私たちにとってかけがえのない地球環境に与える直接的、間接的な原因等、環境影響の度合いは様々です。今やそれらの原因の中から、人間と自然・地球環境とのかかわりを学び、この美しい地球を次代に引き継ぎ、人類の持続可能な文明・社会を形成していくための方策を、具体的に自分の課題として考える時代に突入している。
内容は以下のPDF参照。(近藤雅雄、2015年9月20日掲載)
PDF:人間と地球環境
私たちにとってかけがえのない地球環境に与える直接的、間接的な原因等、環境影響の度合いは様々です。今やそれらの原因の中から、人間と自然・地球環境とのかかわりを学び、この美しい地球を次代に引き継ぎ、人類の持続可能な文明・社会を形成していくための方策を、具体的に自分の課題として考える時代に突入している。
内容は以下のPDF参照。(近藤雅雄、2015年9月20日掲載)
PDF:人間と地球環境
人口減少を抱える日本の深刻な問題「地球人口と日本」
地球に住む人間の数は、1950年に25億2,935万であったのが、2000年には2.4倍の61億1,537万人、2050年には91億4,998万人(2010年69億869万人)と年々増加しています。しかし、日本では諸外国に比して、減少しています。
人口問題として、人口の増加は食糧問題、飲料水問題、住む土地の狭小などの侵略の問題、貧困などの格差の問題、地球温暖化、公害、地球資源劣化などの地球環境の問題など、多くの問題を抱えています。一方、人口の減少は国の経済力の低下や防衛の脆弱性や易侵略性を抱え、国として大きな問題です。以下のPDFを参照して下さい。(近藤雅雄、2015年9月9日掲載)
PDF:地球と日本と人口
人口問題として、人口の増加は食糧問題、飲料水問題、住む土地の狭小などの侵略の問題、貧困などの格差の問題、地球温暖化、公害、地球資源劣化などの地球環境の問題など、多くの問題を抱えています。一方、人口の減少は国の経済力の低下や防衛の脆弱性や易侵略性を抱え、国として大きな問題です。以下のPDFを参照して下さい。(近藤雅雄、2015年9月9日掲載)
PDF:地球と日本と人口



