そして、生命の根元物質である「ヘム」を中心に、さまざまな領域の研究を行うと同時に、国立公衆衛生院の特別課程や研究課程で教育・研究指導すると共に大学医学部、文系学部、理工系学部などで、講演や講義を行い、「教育と研究」の普及活動を行ないました。しかしながら、2002年3月、厚生省の機構改革によって残念ながら私を育ててくれた国立公衆衛生院は廃止されました。しかし、公衆衛生院の精神は退職した今も変わりなく、教育・研究活動を続けています。在職中に31年間の研究業績を次のキャリアアップとなるよう「国立公衆衛生院での研究のあゆみ」、1999年6月1日発行,164ページ、出版 (写真参照;著書28)として総括し、纏めました。
国立公衆衛生院の廃止に伴い独立行政法人国立健康・栄養研究所へ出向を命ぜられ、5年間栄養生化学に関する研究を行いました。ここでも環境に順応し、精力的に研究活動を行ない、栄養学・食品学および免疫学を取り入れた多様な研究成果を出し、論文発表しました。そして、国立公衆衛生院時代から継続すると36年間、厚生省および厚生労働省の研究職として厚生行政に関わる教育・研究を行い、57歳で早期退職しました。
その後、65歳までの8年間、五島育英会東横女子学園短期大学教授、武蔵工業大学教授兼学部長として採用されました。2年後、この2校が統合し新たに東京都市大学と校名変更され、新大学の教授兼学部長として6年間、教育・運営を行いました。また、大学の総合研究所の客員教授を8年間兼務し、自分の研究室を創り、研究を継続しました。この間に、研究の集大成として「教育・研究業績集」、2015年3月31日,151ページ(写真参照;著書29)を出版しました。
また、大学在任中に、約40年間にわたる「遺伝性ポルフィリン症」研究の総仕上げを行うと同時に、厚生労働省と国会に働きかけて、わが国の難病制度を改め、新たに指定難病制度として法律化されました。これらの詳細については著書「指定難病、日本のポルフィリン症」に示しましたが、わが国で初めてこの病気の診断・検査法の開発、診断基準、発症機序、治療法、予後、臨床統計などについて、単行本として出版しました。
これですべての仕事は終わるかと思いきや、長生学園にて研究指導を依頼され、さらに、国際鍼灸専門学校の学校長として任命され、70歳まで運営と教育・研究に専念することができました。
そこで、1971~2021年の約50年間の教育・研究に関わる1400件以上の論文・著書などを公開してきた社会活動の総括として、本書「教育と研究 業績集1971年~2021年」として纏めました(写真参照;著書30)。そして、70歳以降も執筆活動は続け、ネットで「近藤雅雄の健康・栄養資料室」として原稿を掲載し続けています。
「教育と研究 業績集1971~2021年」の目次は以下のPDFして下さい。(近藤雅雄、2022年3月31日掲載、2026年3月22日更新)
PDF:業績集目次



