研究回想7.元.国立公衆衛生院,素晴しき教育・研究環境

公衆衛生院の学びと環境(施設,組織,職員)に感謝

 筆者が31年間,国立公衆衛生院にて楽しく教育・研究業務を遂行できたのは素晴らしき施設,設備,職員に恵まれたからであり,これらすべての環境に感謝を込めて回想しました。(近藤雅雄,2026年6月21日掲載)

国立公衆衛生院とは
 元国立公衆衛生院(本院,The Institute of Public Health,IPH)の建物・設備は米国ロックフェラー財団の寄付によって誕生しました。本院は,1938(昭和13)年3月29日勅令第147号公衆衛生院管制の公布をもって厚生省の創立(1938年1月11日)から約2か月後に同省の直轄機関として,東京都港区白金台の北里柴三郎博士が創設した伝染病研究所(現在は東京大学医科学研究所)の隣に設置されました。設置に関しては米国ニューヨーク州のロックフェラー研究所(現在:ロックフェラー大学)の細菌学者野口英世博士と恩師の北里博士が関与した記録(文献1,5)があります。
 本院は国および地方公共団体などで働く衛生技術者の資質向上を図るための養成訓練と公衆衛生に関する学理応用の調査研究を司る教育・研究機関として国内外の保健・医療,福祉・環境の分野に多大な貢献をしました。①教育課程としては系統教育課程(研究課程,専門課程,専攻課程),生涯教育課程(特別課程,特殊課程),国際教育課程(長期課程,短期課程)を持ち,わが国で初めてのSchool of Public Healthとして,公衆衛生の発展に貢献しました。また,②国際的には世界保健機関(WHO),日米医学協力プログラム,JICAなどを通じた国際協力を積極的に行いました。すなわち,国民の健康とQOL向上,公衆衛生の向上を目指した多分野の専門家からなる総合的な研修・教育・研究機関として,唯一無二の存在でした。
 本院の教育・研究組織は時代に応じて変化,閉院時は3学系(情報・政策学系,対人保健学系,生活環境学系)16学部,生物実験実習施設,保健情報センター,国際協力センター,教育研究計画部,図書館および総務部からなり,わが国の公衆衛生発展に多大な貢献をしました。  本院の建物は東京大学の内田祥三教授(元東大総長,文化勲章受章者)によって設計された厳かな近世ゴシック風装飾を備えた現代建築です。1982(昭和57)年,本院は日本建築学会より当時の建築様式を示す優れた建物として選定され,「日本現代建築総覧」に収録されています。

国立公衆衛生院の学びと環境(施設,組織,職員)に感謝
 筆者は1971(昭和46)年から2002年の終了時まで,厚生行政に関わるさまざまな研究および公衆衛生技術者への教育・研修に従事しました。本院の施設・設備は教育・研究環境の向上に十分配慮されただけでなく,自然の緑に覆われ,四階(右翼)の研究室からは富士山が見え,精神を集中し,教育・研究意欲を掻き立てる充実した職場環境でした。
 本院に入った動機は,生命の根源物質であるポルフィリン・ヘムの巨大化学構造に興味を持ち、当時先駆的な研究が本院の生化学研究室で行われていたのがきっかけでした。この化学物質を中心とした学術研究,教育,難病の調査研究・患者支援など,最先端の「研究と教育」活動に従事したこの期間は人生最高の時間でした。
 筆者は本院の全学部(16学部),動物実験中央研究室、図書館の各分野の専門家,100名(名称略)から各専門領域における実践的・総合的な近世の公衆衛生学を学ぶと同時に独学にて基礎を学び,修得しました。さらに,在職中は国際血液学会や日本内科学会など国内外30以上の学会に加盟し,常に最先端の医学,医療,保健及び環境科学などを学ぶと共に,国立感染症研究所など他の研究機関の専門家からも厚生科学を学びました。このような素晴らしき「環境と組織と研究者」に出会ったことは幸せでした。本院の元職員,そして施設を提供したロックフェラー財団にこころを込めて感謝します。

国立公衆衛生院と憲法第25条の「公衆衛生の向上及び増進」
 日本国憲法第25条は「国は,公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めています。国がこの責務を果たすためには,厚生省において公衆衛生の研究・教育が推進されなければならない。第25条は国民の生存権の補償について定めており,同条第2項は,その生存権を具現するための三大シビル・ミニマムの一つとして「公衆衛生」を掲げています。つまり,「公衆衛生」という言葉には,国民の健康に対する国の公的責任という意味が含まれます。
 本院は公衆衛生の総合性を担保するために①情報政策系,対人保健系,環境衛生系など公衆衛生の全部門を揃え,同時に②研究と教育を一元化する,という理念に基づいて設立され,わが国における公衆衛生学の一大拠点として活動しました。
 しかし,1995(平成7)年、厚生行政の中心課題は生活習慣病となり,公衆衛生という言葉が消えました。そして,2002(平成14)年4月,本院は惜しまれながらも64年という短い歴史を閉じました。

おわりに ~公衆衛生は人類と共に在る~
 他国では,公衆衛生は国民の健康増進,QOLの向上,感染症予防,公共衛生などを目的とした重要な「教育・研究」機関としての役割を担っています。公衆衛生は人類が生存する限り存続し続けるでしょう。
(現在,本建物は港区が購入,郷土歴史館複合施設「ゆかしの杜」として公開しています)

文献(参考資料)
 本院の歴史,組織,教育訓練・研究活動,施設・設備,各部のあゆみなどの詳細は下記資料を参照してください。
1.記念誌「しろかね」-国立公衆衛生院64年の軌跡,-記念誌編集委員会編集 2002.10.15
2.国公衆衛生院の移転・再編1988-2001,公衆衛生研究,第51巻,特別企画号 2002.3
3.公衆衛生院ニュース,第24号,ー国立公衆衛生院創立50周年記念特集号,国立公衆衛生院編集,財団法人公衆衛生振興会発行1988.5.15
4.国立公衆衛生院,創立五十周年記念誌,国立公衆衛生院五十周年記念事業出版企画編集委員会1988.3.30
5.長田泰公,国立公衆衛生院の50年と将来展望,公衆衛生院研究報告,第37巻補遺,創立50周年記念号 1988.12

下の写真は筆者が撮影した本院の建物です。

また,PDFには良き国立公衆衛生院時代を回想しました。
PDF:国立公衆衛生院に感謝

老人のつぶやき6.社会人として大切な相手を思いやるこころ

 社会人の評価の一つとして、謙虚さや誠実さなどといった「人格・品性」があります。これは、人としての基本である「相手を思いやるこころ」,「いのちを大切にするこころ」,「感謝するこころ」、そして、社会の一員としての「責任あるこころ」を指します。人は生涯、社会人としてさまざまな人間と関わりますが、この関係を上手に保ち、人生を豊かにするためには年齢を問わず「相手を思いやる」こと、そして「自分に勝つ」ことが大切です。

1.社会人としての評価
 教育・研究分野で経験した多くの不見識な事例の中から、未だに記憶に残る3つを以下に示します。

1)研究協力の事例
 国際的に有名な教授からサンプルとその情報の提供依頼があり、科学の発展のためにこころよく受け入れました。教授はそれを用いて研究し、優れた論文発表を行いました。しかし、サンプル提供などに関する謝辞や研究成果の報告などは一切ありませんでした。国際的には有名な学者として活躍していますが、人間的には首をかしげる研究者でした。

2)会議の事例
 ある職場の運営会議で、議長が資料を作成・配布し、審議を始めたところ、20人の委員の内一人が誤字を指摘し、「このような、誤字のある資料を基にまともな議論はできない」と言う理由で会議が流会しました。
 一人の人間によって会議が破壊された例ですが、誤字は一つだけで、内容は全く問題はありません。その委員は被害者意識、組織への不満が強く、会議等、組織活動を平気で声高に破壊する人でした。この様な人は意外と多いです。議長は逆らわず、誤字を反省し、後日開催された会議では完璧に無事終了しました。

3)人事の事例
 某私立大学の教授が突然トップ人事によって某研究所の新所長となりました。新所長は、一方的に研究所の研究内容の変更と同時に研究者の入れ替えを行いました。また、研究部長から主任研究員(部長が大学教授、主任研究員が講師に相当)、またその逆など、降格や昇格の人事を行いました。権力を振るい組織を私物化したのです。結局、旧所長を含め10名以上の優秀な研究者が辞職しました。真面目で優秀な研究者の夢・生活が破壊された大きな悲劇です。本来あってはならないことですが、研究者は自分で新たな職場を見つけ転出しました。

 以上、3つの事例は教育・研究分野では比較的良く遭遇します。彼らは偏差値の高い、一流大学出身の優秀な学者であり教育・研究者です。しかし、人間的には我儘で自己中な人たちです。特に、権力を振るう人に自己中が多いようです。そのような人は相手の心の痛みを理解せず、すべて自分が正しいと思い込んでいます。例え間違っていても、それを認めず、後ろを振り返ることはありません。常に前を向いています。
 人間の評価は、血筋、偏差値、難関大学出身、業績、勲章など学歴や肩書といった表面的なラベルではなく「他者理解力」、感謝するこころがあるかどうかといった「内面的な豊かさ」に基づく「人格・品性」が大切です。

 社会には多様な職種がありますが、関わる人がすべて人格者だとは限りません。組織は人によって運営される以上、さまざまな問題が起こります。組織で重要なのはリーダーの人格・品性です。人間として基本的に重要な「他者理解」(相手の視点や立場に立って考えること)できるか否かが組織の発展に大きく関与します。

2.社会人としての生き方
 長い人生、人は多様な人間と関わります。その関係を正しく保つためには「信念」「他者理解」「感謝」のこころを持つと同時に、「自分に勝つ」こころを持つことが大切です。「自分に勝つ」とは、怠け心や誘惑を抑え(克己心)、目標に向かって強い意志で行動し続けることです。誰でも迷い、苦労し、悪い誘惑、困難、恐怖、哀しみ、怒りなどを経験します。その時は落ち着いて、自分を見つめ直し、自信を持って、ゆっくりと前へ踏み出します。そして、良き人脈を沢山構築し、それぞれの関わる社会・家族に迷惑をかけず、思いやりと責任を持つことです。

おわりに
 「人は財産(人財)である」と言われます。「人材(スタッフ)募集」をよく見かけますが、スタッフは英語でSTAFFと書きます。優秀な人であれば人財となります。しかし、STUFFとなると、単なる物(粗大ゴミ)であり、人罪となります。昔、学生によく「社会に役立つ人材(人財)となれ!」と講義で励ましたことを思い出します。相手への思いやりを持った良い人間関係を確立すればそれは人財となり、その後の人生を豊かにします。人は一人で生きて行くことは難しいので、多くの人と良い関係を築きたいものです。(近藤雅雄、2026年5月26日掲載,同年7月5日更新)
 以下に、自分を取り巻く環境に対する生き方についてPDFで示しました。ご参照ください。

PDF:自分を取り巻く環境は自分で創る、自分に勝つ

研究回想6.せたがや福祉区民学会創設時の感謝と誇り

 平成21(2009)年12月,東京都世田谷区は福祉の発展・充実を期して,区内の福祉関連施設や事業所,大学,行政及び区民が自由に参加できる学術団体,「せたがや福祉区民学会(以下,区民学会)」をわが国ではじめて創設しました。その後16年経ち,大学,企業,団体の加盟が増え、産官学(行政・大学・企業)が共同で福祉に関わる諸問題を提起,研究し,その成果を区民に還元する学術組織となりました。創設メンバーの一人として誇りに思います。

1.区民学会設立
 区民学会の会員は世田谷区内の福祉施設や事業所で働き,学び,研究する人々で構成されています。目的は、福祉の向上と発展を目指し相互に対等平等な立場で,福祉実践活動の工夫や抱える課題などについて研究を行ない,その成果を発表,討議します。大会は,区内大学の福祉系学部が持ち回りで会場校となり会員と学生ボランティアが一体となって開催する。こうした福祉関係者と住民,学生と行政が一緒になって研究発表する学術会議(学会)は,国内では初めてと思います。そこで、創設時のメンバーの一人として,過去を研究回想しました。

2.区民学会加盟
 2009年4月、区内の武蔵工業大学と東横学園女子短期大学が統合され、総合大学として5学部からなる東京都市大学がスタートしました。新設の人間科学部には児童福祉関連の児童学科があり、開設後、世田谷区社会福祉事業団世田谷区福祉人材育成・研修センターの職員2人が来訪、面会しました。来訪目的は「区民学会」設立に関する同意と施設校としての参加要請でした。職員から学会の主旨、内容についての説明があり、初代会長は自閉症研究の第一人者石井哲夫先生、そして運営委員長が昭和女子大学教授の永山誠先生といった福祉関係の大御所でした。職員の強い熱意と誠意にこころ打たれ、そして地域貢献、社会貢献及び教育の観点から学会設立に同意し、参加することを承諾しました。

3.区民学会の運営と学会開催
 学会の運営会議はいつも忙しい時に小田急線成城学園前駅近くにある福祉人材育成・研修センターの研修室Aに午後7時から開催。第1回の運営委員会は10名の委員がそれぞれ福祉の現状と将来を考え、熱心に議論したことを覚えています。当時大学の加盟校は4校(昭和女子大,日大文理,駒大,都市大)でしたので、区民学会の開催頻度は高かったと記憶しています。
開催校を経験して、当時は予算が無く、スタッフはすべてボランテアなので、開催に当たって大学の施設利用許可申請手続きおよび学生の動員が大変でした。また、発表演題も新設校でまだ整わなかった状態でしたが、山岸道子先生ほか沢山の先生方、学生の協力があって何とか開催校としての責務を果たせました。とにかく開催校の負担は大きく、大変であったことを覚えています。しかし、学生への教育、地域貢献、社会貢献と自分に言い聞かせ、無事責任を果たしました。また、学会開催及び運営に多大なるご支援・ご助力・ご協力頂いた区の人材育成・研修センター職員の皆様にはこころより感謝を申し上げたことを思い出します。

おわりに
 現在,区民学会は139団体,10大学が加盟し,設立時とは比較にならない程発展しました(詳細は学会ホームページを参照)。そして,世田谷区の福祉政策・行政は科学的根拠に基づいたさまざまな新しい取り組みが行われ,行政機関や福祉関係から注目されているとのことです。福祉関連の仕事に従事している人や学んでいる学生にとっては,世田谷区は働き・学び甲斐のある地域のようです。この様な活動は,地域で学び、地域で育ち、地域の発展に貢献すると言った連鎖が起こります地域創生が求められる現代,このような活動を考えてはいかがでしょうか。

 もはや福祉文化都市となった世田谷区および区民学会の益々の発展と学会関係者各位のご活躍を祈念します。

 2025年11月8日、東京都市大学にて第17回大会が開催されました。そこで、下記PDFに13年前に同校で開催された第3回大会の総括を回想しました。(近藤雅雄、2026年5月18日掲載)

PDF:第3回全体総括2012.2.10

健康情報15.運動により分泌される筋マイオカインの健康効果

 筋肉には骨格筋(横紋筋)、心筋(横紋筋)、内臓や血管の平滑筋の3種類存在する。この中で、骨格筋は体重の約26~36%を占める人体最大の臓器で身体活動を支えている。
  骨格筋には①運動作用、②姿勢保持作用、③熱の発生、④張力の発生、⑤筋ポンプなどの作用がある。しかし、近年、運動によって骨格筋から血液中に分泌される物質、マイオカインが次々と見出されている。いわゆる運動ホルモンで、運動による健康効果として注目されている。

Ⅰ.マイオカインとは
 マイオカインは骨格筋細胞内で生産され血中に分泌される物質の総称で、多くの種類が報告されている。生活習慣によってマイオカインの分泌量に個人差が見られ、日常的によく動く人は「善玉」が多く分泌される。一方、動かない人は「悪玉」が増え、筋の萎縮・老化を速める。つまり、運動(からだを動かすこと)は善玉マイオカインの分泌を促進し、健康を維持する鍵となる。

Ⅱ.マイオカインの主な生理作用
 マイオカインは脳、肝、膵、皮膚、血管、筋、骨、脂肪細胞など、ほぼ全身を標的組織として作用する。その主なものは脂質代謝の改善、白色脂肪細胞から褐色脂肪細胞への変換、内臓脂肪減少、糖代謝の向上、糖尿病の予防、抗炎症作用、脳神経細胞の活性化、海馬の神経細胞新生、学習記憶力強化、認知症予防、食欲抑制、抗がん作用、免疫増強作用、全身エネルギー代謝の調節、血管の健康維持、筋肥大促進、筋増強促進、骨形成、骨粗鬆症予防など多様な効果が報告されている。
 運動による健康増進や生活習慣病、がん、神経変性疾患サルコペニアなど各種疾病の予防、健康と若さを保ちフレイル予防アンチエイジング健康寿命延伸に期待されている。

Ⅲ.マイオカインを増やす生活習慣
マイオカインの分泌に欠かせないのが健康増進の3原則(運動,栄養,休養)。各個人にあった心身のケアを考えたい。
1.運動:運動の種類や強度によって分泌されるマイオカインの種類や量が変わるため、さまざまな種類の運動を行うことを心掛ける。継続的な運動は持続的にマイオカインの分泌を促すため、体力や生活環境に合わせて軽い運動(ウォーキングやストレッチなど)を習慣化すると良い。とくに高齢者ではウォーキングに加え、身体を細目に動かすよう気を配る。
 一方、競技用スポーツや激しい運動(全力のランニングなど)は免疫力低下、筋の疲労、酸化ストレスなどさまざまなリスクがあるので注意する。
 筆者は、下記PDFに記載したように独自の運動を計画的に、楽しく、習慣化している。

2.栄養:筋の維持には、体重1kgにつき1日1g以上(筋量を増やす場合は1.2~1.5g)の蛋白質摂取が推奨され、同時にビタミン、ミネラル、糖質、脂質の5大栄養素をバランス良く摂取するのが基本です。また、酸化ストレスから心身を守るためにポリフェノール、ビタミン、そして牡蠣、レバー、海藻、ナッツ類などに多く含まれている抗酸化ミネラル*(セレン、亜鉛、銅、マンガン、鉄)を含むさまざまな食品摂取に心がけ、楽しく運動後のケアを行う。
*抗酸化ミネラルとは体内に発生した活性酸素を分解するスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)は亜鉛、銅、マンガン、グルタチオンペルオキシダーゼはセレン、カタラーゼは鉄を、各々構成元素として含むことから、これら必須元素の摂取が注目される。

3.休養:質の高い睡眠と入浴は心身のリフレッシュに有効です。筋線維は運動によって傷つくが、それを修復するには、十分な休息が必要です。アクチンとミオシンという筋フィラメントが修復されれば、より強い筋を得ることができる。(近藤雅雄、2026年5月9日掲載)
詳細は下記PDFを参照して下さい。

PDF:骨格筋運動ホルモン:マイオカイン

老人のつぶやき5.戦争や軍事活動によって破壊される地球

 人類の誕生以来、領土、資源、思想、宗教などといった多様な名目で、規模を変えながら綿々と続く争い。現在も、2020年12月24日、ロシアがウクライナを侵攻してから未だに戦争が続いている。そして、2024年から始まったイランとイスラエルの戦争、2026年には米国が参入しイスラエルと米国によるイラン攻撃米国のベネズエラ攻撃等々、ロシアと米国が関わる戦争に世界は混乱し、地球は悲鳴を上げている。
 国際秩序が崩壊しつつある現在、これら国際法で違法とされている戦争は、人命損失だけでなく、地球環境を破壊する行為であり、看過できない。その破壊は修復不可能であり、大量のエネルギーを消費し、土地、大気、海洋、森林を汚染し、気候・自然資源の悪化、生物多様性の減少など、甚大な被害をもたらす。このような不可逆的な環境破壊行為を許してはいけない。国際社会は地球環境を破壊するような戦争や軍事活動をできなくする新たなルールを作るべきです。 (近藤雅雄,2026年4月3日掲載)

戦争をなくしてみんなの地球を守ろう(作:近藤雅雄)

地球上には沢山の生き物が生活している
助け合いながら

この美しき地球は
人類だけのものではない
戦争は人類によって惹き起こされるが
どんな事情があれ、許されない

戦争は悪である
これを惹き起こす人間は最悪である

この世に表(陽)と裏(陰)があるように
平和を望む人と戦争を好む人がいる
しかし殆どの人は平和を望んでいる

みんなの力で
戦争しない国際ルールを作って
それを厳しく守れば
戦争を平和に変えることができる

地球は一人のもの、一国のものではない
地球はみんなのものだ
生き物たちすべての
みんなの地球だ

一人ひとりのいのちの尊さと
人を愛する心 感謝の心を持って
沢山の生き物が棲むこの美しい地球を
みんなの力で大切にしよう

世界の平和と地球の環境保全に貢献する
たくさんの仲間を増やそう

PDF:老人のつぶやき5

老人のつぶやき4.戦争と地球環境、世界の国際秩序は

 人類の持続した発展を願う上で、最も基本的で重要なことは、地球を大切にするこころを学ぶことです。そして、地球環境に負荷をかける生き方を改め、環境の改善・保全に全力で取組むことです。

 2020年12月8日、新型コロナウイルス(COVID-19)が中国武漢で発生して以来、南極大陸を除くすべての地域に瞬く間に広がりました。そして、日本では甚大な社会的、経済的不安を起こし、保健、医療、福祉、教育、食糧・食生活、地域社会、レジャー、仕事、働き方等々、国民生活に大きな影響を与えました。

 一方、世界では2022年2月24日のロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻、2026年1月3日の米国のトランプ大統領によるベネズエラへの攻撃、国家元首(大統領)拘束、2026年3月3日イランへの攻撃と最高指導者の殺害、イラン・イスラエル戦争イスラエル・米国によるイラン攻撃ホルムズ海峡の封鎖、また、北朝鮮の核開発など、世界情勢が急速に変化し、国際秩序に混乱が生じはじめています。これらを解決するには新たな政治・経済・環境・安全・人権・保健・医療等に対する国際的な監視・評価・審判機構の設置など、国際秩序の健全化への取組が望まれます。
また、人類が誕生して以来、綿々と「戦争と環境破壊」が続いていますが、いずれは人類の生存と地球環境に何らかの不可逆的な影響が出てくるのではないかと不安です。国際社会は直ちに地球と人類の持続した発展を図るべく地球環境の改善・保持に取組むべきです。

 私たち人類は自国愛ファーストではなく、この美しい地球に感謝するとともに、この美しい地球を次代に引継ぐことを第一に考え行動すべきです。愛国教育も大事ですが、それ以上に地球を愛するこころを育てる教育の方がもっと大切と思います。

 国際的な紛争・戦争、侵略、地球環境の破壊、人権侵害、関税の一方的引上げなどが公然と行われている現代、これら人類の平和な生活への脅威に関わる問題、国際秩序の安定と地球環境の保全は国連、各国政府機関、および国際的なNGOによって協働して進められていますが、残念ながら軍事大国の大統領による影響を受け易く、活動が平和裏に進まないことがあります。このようなことがないよう、新たな「国際秩序と地球環境を守る組織」を構築し、すべての国が人類・地球の持続的発展と平和を目指した活動に取組むよう期待したい。この取組は世界で唯一の被爆国であり、東京大空襲、沖縄大惨劇を経験した日本が中心となって進めてほしいと思います。(近藤雅雄、2026年4月2日掲載)

老人のつぶやき3.平和で美しい日本の持続的発展を願う

 次の世代へ平和で美しい日本を引き継ぐことは、今を生きる私たち共通の願いであり、責任でもあります。自然の豊かさ、文化の深さ、そして何より人々の心が穏やかでいられる社会を、守り続けたいとの願いで、つぶやきました。子どもたちの未来が心配で、ついついネガティブ思考・愚痴が多くなります。

 「喜怒哀楽」といった4つの基本的な人間の感情において、悲しい時に涙するのは動物の中で人間だけであり、感情をコントロールして「前へ」向う上で、また人間の魂を支えていく上でとても大切なことです。例えば、悲しみを抱えた場合、泣くことによって悲しみを乗り越え「前へ」進むことができます。もし、泣かない人間が多くなった時、社会はどうなるのでしょうか。
 1941年6月、民俗学者の柳田国男が発表した「涕泣(ていきゅう)史談」に「最近の日本人は泣かなくなったように見える」とあります。この年の12月に真珠湾攻撃が発生し、米・英国との太平洋戦争に突入しました。そして現代、日本は円安、物価高騰、詐欺等犯罪の多様化、SNSによる誹謗中傷、外交問題等々、「怒り」が多く見られるようになりました。

 日本は、ロシア、中国、北朝鮮といった近隣の国々や同盟国である米国などの動向、また地震などの突発的大規模自然災害によって大きく変わることが推測されます。
 また、社会的にIT、汎用AI、生成AI、フィジカルAI、デジタル化や各種詐欺などが国民生活に与える影響が加速しています。これらIT,AIに関わる企業の国及び国民への影響は大きく、正しい方向へと歩むことができるようマスコミ及び国は監視・指導するよう願っています。その他、様々な問題が日本及び世界で起こっています。

 これら、現代社会が抱える諸問題に対して、日本の持続的発展を願い、様々な不安を取り除くよう国家・国民が総力を挙げて取組むことを願っています。多くの政治的問題は与党を中心に遂行されます。その責任は非常に重たいですが、それ以上にメディアや野党の責任も大きい。メディアや与党、野党がしっかり機能していれば、日本は国民の願う方向に進んでいく筈です。

 気になる噂について、「老人のつぶやき27項目」として下記PDFに挙げました。国はこれら産業・経済・農業・教育・人口・インフラ・防災・外交・医療・福祉・科学等に関わる諸課題に対して謙虚に総力を挙げて取組んでほしい。戦後、平和への思いを掲げた世界唯一の平和憲法第2章第9条を変えることなく、したたかに生きることも肝要かと思います。(近藤雅雄、2026年4月1日掲載)

PDF:老人のつぶやき27項目

老人のつぶやき2.いのちを大切に~生きるこころと感謝

 人は、この世に生まれてきたことに対して、「感謝のこころを持って生きる力、いのちを大切にするこころ、他者を思いやるこころといった人としての基礎を育む」。これが人間形成の基盤と成すこころの教育です。地球上の全人類が同じ思いであると嬉しいです。
 人を含め、遺伝子を持つ生命(細胞)は必ず死を迎えます。は生きることが出来なくなった状態です。したがって、生命(いのち)とは生きている状態を指します。
 その生命とは次代を生産し、育てること。そして、知識や技術を次代に引継ぐことです。
 生きるとは満たされること。日々何かに満たされれば、次(明日)に繋がります。その繰返しが生きる糧となります。私たちは感謝の気持ちを持ち、楽しい、美しい景色を見て人生を謳歌したいものです。近藤雅雄(2026年3月25日掲載)

生きるこころ

生きるこころとは
それは生きる希望、夢です
希望、夢を心に抱き、明日に向かって生きようとするこころです
1日でも長く生きたいと思うこころです

飼い主に可愛がられていた忠犬ハチ公は、朝晩渋谷駅まで送り迎えしました
しかし、職場で飼い主が脳出血で死んでしまいます
それを知らないハチは帰ってくるはずのない飼い主を毎日迎えに行きました
10年間、雨が降っても雪が降っても、何も食べなくても、駅に行きました
それは毎日の希望、期待、夢でした
しかし、願叶わずひっそりと亡くなってしまいました
悲しい話ですが、1日でも長く生きたいというこころを学びます

すべての生き物(動物)は1日でも長く生きたいのです
明日への希望、夢を心に抱き、生きたいのです
私の希望、夢は孫の成長を1日でも長く見続けたい
そして、家族の笑顔を1日でも長く見続けたい

生きるこころを育てるには
生きる力、感謝するこころ
いのちを大切にするこころ
他者を思いやるこころ
前向きなこころ
諦めないこころ
そして、生涯、学ぶこころを育むことが大切です

しかし、生きるこころを奪う人間
生きるこころを奪う権力はいりません

以上、PDFにしました。

PDF:生きるこころ

老人のつぶやき1.退職前・後および若年期と高齢期の変化

 2021年7月、2回目の新型コロナウイルスワクチン接種後、健診で血液がんが発見、5年生存率36~40%と告げられる。以降、仕事を退職し、終活に取組んでいます。

 退職前は講義、講演、論文書きなど、教育・研究者として毎日充実した人生でした。また、人、物、環境とすべてが良い方向に行き、戦争もなく幸せな時代でした。研究環境ではタイプライター、ワープロ、コンピュータ、またポケベルPHS、携帯電話、スマートフォンなどと目まぐるしい社会の変遷を経験しました。
 一方で、地球環境は公害に代表されるように、多くの問題を出しました。1967年6月、私が勤めた厚生省国立公衆衛生院では大気汚染、水質汚染、騒音などによる公害に係わる衛生に関する調査・研修・研究を目的に公害衛生学部が新設されました。しばらくして、わが国からは公害と言う言葉は殆ど無くなると同時に国立公衆衛生院の公害衛生学部は1972年7月に地域環境衛生学部と名称変更されましたが、その後も環境汚染の公衆衛生学的対策に関するさまざまな最先端の教育・研究が続けられました。
 ところが、地球規模的には途上国が先進国と同じように公害を出している現状がありますが、これは頂けません。公害は人類共通の課題として学習し、地球の持続した発展を願うべく再度出さないことが大切です。さらに、ロシア、米国、イスラエルなどが行っている戦争、北朝鮮などが行っている核実験や弾道ミサイルの試射、そして世界中で発生している森林火災などは公害の最たるもので、すべてを破壊します。地球の温暖化生物多様性の減少、海洋汚染、大気汚染、放射性物質の放出等々、絶対に肯定できるものではありません。直ちに止めてほしいものです。

 退職後は自分自身のこころとからだの養生と生命(いのち)を課題として研究していますが、日々緊張感が薄れてきます。75歳の後期高齢期を境として、聴力、視力、咀嚼・嚥下力、筋力の衰えを実感すると共に知力(思考・記憶)、行動力の衰えを自覚します。そこで、養生のためこれらを少しでも是正すべく、視力、聴力、咀嚼力、筋力、知力及び意識の向上が図られる方法を調査・研究し、栄養管理と共に視力や聴力など感覚力の矯正、筋肉維持や学習のトレーニングを毎日の仕事と位置付け、実行しています。その効果は少しずつ表れていることを自覚しますが、これがいつまで続くかは不明です。

 今年77歳、がん患者として残り僅かな命ですが、珈琲を飲んでいる時や勉強している時、家族の笑顔を見たり花や金魚など自然に触れる時、“幸せ”を実感すると共にいのちに感謝します。これが生きるこころとなって、明日への希望、夢、期待に繋がって行くのでしょう。そして、子どもや孫の未来が平和で幸せであることを願って、笑顔で逝きたいと思っています。人は生まれた直後は生理学上泣きますが、死ぬ直後は両親・家族、いのちに感謝しつつ笑って逝きたいものです。(近藤雅雄、2026年3月24日掲載)

著書28~30.1971年~2021年の半世紀に亘る教育・研究活動

 1971年、厚生省国立公衆衛生院の栄養生化学部に採用され、公衆衛生学に関する多様な教育・研究活動が始まりました。国立公衆衛生院は公衆衛生学に関する教育と研究の総合機関でした。私は全国の衛生試験所や保健所、病院など公的機関で働く医師、看護師、栄養士、環境関係の技術者などに公衆衛生の最先端を教育・研究指導を行う総合機関として従事することに誇りを持って教育・研究に励んできました。そして、国民に対しては最良の保健・医療・福祉を提供する使命を常に持ち続けて厚生科学研究に励んできました。私は「研究の質の向上は教育の質の向上を担保する」を自分に言い聞かせ、非常に充実した教育・研究生活を送ることができました。
 そして、生命の根元物質である「ヘム」を中心に、さまざまな領域の研究を行うと同時に、国立公衆衛生院の特別課程や研究課程で教育・研究指導すると共に大学医学部、文系学部、理工系学部などで、講演や講義を行い、「教育と研究」の普及活動を行ないました。しかしながら、2002年3月、厚生省の機構改革によって残念ながら私を育ててくれた国立公衆衛生院は廃止されました。しかし、公衆衛生院の精神は退職した今も変わりなく、教育・研究活動を続けています。在職中に31年間の研究業績を次のキャリアアップとなるよう「国立公衆衛生院での研究のあゆみ」、1999年6月1日発行,164ページ、出版 (写真参照;著書28)として総括し、纏めました。
 国立公衆衛生院の廃止に伴い独立行政法人国立健康・栄養研究所へ出向を命ぜられ、5年間栄養生化学に関する研究を行いました。ここでも環境に順応し、精力的に研究活動を行ない、栄養学・食品学および免疫学を取り入れた多様な研究成果を出し、論文発表しました。そして、国立公衆衛生院時代から継続すると36年間、厚生省および厚生労働省の研究職として厚生行政に関わる教育・研究を行い、57歳で早期退職しました。
 その後、65歳までの8年間、五島育英会東横女子学園短期大学教授、武蔵工業大学教授兼学部長として採用されました。2年後、この2校が統合し新たに東京都市大学と校名変更され、新大学の教授兼学部長として6年間、教育・運営を行いました。また、大学の総合研究所の客員教授を8年間兼務し、自分の研究室を創り、研究を継続しました。この間に、研究の集大成として「教育・研究業績集」、2015年3月31日,151ページ(写真参照;著書29)を出版しました。
 また、大学在任中に、約40年間にわたる「遺伝性ポルフィリン症」研究の総仕上げを行うと同時に、厚生労働省と国会に働きかけて、わが国の難病制度を改め、新たに指定難病制度として法律化されました。これらの詳細については著書「指定難病、日本のポルフィリン症」に示しましたが、わが国で初めてこの病気の診断・検査法の開発、診断基準、発症機序、治療法、予後、臨床統計などについて、単行本として出版しました。
 これですべての仕事は終わるかと思いきや、長生学園にて研究指導を依頼され、さらに、国際鍼灸専門学校の学校長として任命され、70歳まで運営と教育・研究に専念することができました。
 そこで、1971~2021年の約50年間の教育・研究に関わる1400件以上の論文・著書などを公開してきた社会活動の総括として、本書「教育と研究 業績集1971年~2021年」として纏めました(写真参照;著書30)。そして、70歳以降も執筆活動は続け、ネットで「近藤雅雄の健康・栄養資料室」として原稿を掲載し続けています。
 「教育と研究 業績集1971~2021年」の目次は以下のPDFして下さい。(近藤雅雄、2022年3月31日掲載、2026年3月22日更新)
PDF:業績集目次

教育回想14. 東京都市大学人間科学部「紀要」の発行と巻頭言

 昭和13(1938)年,東急電鉄創業者五島慶太氏は世田谷区の等々力に東横商業女学校を創設しました。昭和30(1955)年,学校法人五島育英会(以下,法人と略)が設立され,翌年に東横学園女子短期大学と校名変更されました。時代は変わり,平成21(2009)年4月には武蔵工業大学(工学部,知識工学部,環境学部)と統合,新たに人間科学部と都市生活学部が創設され,5学部からなる総合大学として東京都市大学が誕生しました。そして,令和4(2022)年4月,人間科学部は等々力キャンパスから世田谷キャンパスに移転しました。また,人間科学部は2023年度より児童学科から人間科学科と科名変更され,「児童学」と「人間総合科学」の2つのコースとなりました。

<  さて, 1965年に創刊された東横学園女子短期大学紀要は新たに東京都市大学人間科学部紀要として引き継がれました。この紀要への投稿原稿には必ず査読が入り,学術論文誌として審査したことを覚えています。どれも萌芽性・独創性が高く,優れた論文ばかりでした。大学は教育機関であると同時に研究機関でもあります。紀要は学部の顔・看板として研究活動や学問的な特色を示すと同時に教員の研究業績及び学部の評価対象物ともなります。総合大学となってから16年が過ぎましたが,紀要の内容はグレードアップし,成長・進化しています。益々の発展を期待しています。

 紀要は大学のホームページで読むことができます。第1号に巻頭言を書いた記憶がありますが,USBに原本がありましたので,以下のPDFに示しました。当時は執筆時間が無く校正もしていないので,読みにくいです。ほんの少し修正しました。(近藤雅雄、2025年12月1日掲載)
PDF:人間科学部紀要巻頭言

研究回想5.東京大学医学部第三内科第6研究室(6研)

 1971年、国立公衆衛生院に就職してから上司の浦田郡平先生に連れられ、先生の母校である東京大学医学部に行き、第三内科の教授室で中尾喜久先生にご挨拶をしたのを覚えています。中尾先生は血液学の世界的権威者で、第6研究室(血液研究室)を創設しました。
 研究室には、覚えているだけでも高久史麿先生、佐々茂先生、三浦恭定先生、溝口秀昭先生、三輪卓爾先生、今村幸雄先生、元吉和夫先生,青木洋祐先生、千葉省三先生、浦部晶夫先生、浅野茂隆先生,森真由美先生など優秀な先生方が在籍し、世界的な研究が行なわれていました。まさに血液学の頭脳であり、将来を担う優れた人材に溢れていました。超一流の医師であり研究者と同じ場所で研究できたことは私の誇りです。後に、先生方は大学教授などの要職に就かれ、世界の医学,血液学を牽引し、偉大な足跡を残しました。

 私は、浦田先生から共同研究者であった青木先生の下で研究の手伝いをすると同時に血液学を勉強してくるように指示されました。いわば体のいい国内留学です。青木先生は臨床能力が非常に高いと同時に研究能力もずば抜けていました。先生は鉄芽球性貧血症患者の骨髄赤芽球細胞内において、ヘム合成経路の最初の酵素δ-アミノレブリン酸合成酵素活性の減少を世界で初めて発見し、1971年ベルツ賞(一等)を受賞しています。

 6研といっても、一人ひとりのスペースは殆どなく、狭い部屋に何人もの先生方が入れ替わり出入りし、顕微鏡なども共同で利用していました。研究室では幹細胞の研究、エリスロポエチンや多血症マウスを用いた研究、赤芽球や顆粒球コロニーの作成、各造血因子の抽出、白血病治療研究、DNA合成など、先生方のそれぞれの研究内容はわかりませんでしたが、Nature, Lancet、BloodやJCIなど多くの国際的に有名な雑誌に掲載され、血液学に関する先駆的な研究が行われていました。研究室の雰囲気は今でも忘れません。

 研究はたとえ十分な予算や場所、スペース、最先端機器、設備備品などが無くても、やろと思えば24時間、いつでも、どこでもできるものです。重要なのはフロンテア精神、研究したいという意識と熱意です。そういう人々がこの狭い研究室に集まっていました。そして、私の研究者としての人生がここからスタートしました。6研の先生方との運命的な出会いは今でも大切にしています。先生方にこころより感謝します。とくに、直接ご指導を頂いた高久先生、佐々先生、青木先生、千葉先生、浦部先生、森先生にはこころより深謝します。また、人生の恩人、浦田先生に深謝します(近藤雅雄、2025年11月17日掲載)

著書27.自分史「教育と研究」家族との歩みと人生の目的

 両親は5人の子どもを育て、貧しいながらも地域社会の発展に大いに貢献しました。私が高校生の時には、兄姉皆独立して家を出ました。本書(A4版105頁、2021年5月1日発行)は2020~2021年のコロナ禍、これまでの人生を顧みる良い機会として、生誕から今日までの歩みを回想して人生の目的をさらに「前へ」進めるために執筆しました。

 家族の学びとして、早稲田大学法学部出身の父からは「社会の期待に応える生き方」、また、母からは「思い遣りと優しさ」、長男から「家族を大切にする姿勢」、次男から「何でも自分の力でやる精神」、三男から「自分が決めた道を信じて前へ」の言葉をそれぞれ頂き、今でも大切にしています。また姉からは登山の素晴らしさ、「自然を愛するこころ」を教えて頂きました。兄姉で登った白馬岳は初恋の山です。
 家族は生き物が好きで、犬、猫、鳥など様々な小動物、魚類、果実、野菜類や万年青など動・植物がいつも狭い敷地内に寄せ合っていました。これが私の「生命科学への興味」の原点です。
 社会人として、将来への道が拓けたのは国立公衆衛生院での公衆衛生学研究でした。そこで、生命の機序に関わる生化学(biochemistry)研究に興味を持ち、30歳にしてそれを理解してくれた嫁との結婚と同時に、両親と共に生活するための家を設計・新築し、新たな生活が始まりました。そして、11年後に父を、18年後には母をそれぞれ介護、見送りました。
 社会貢献としては、「研究者」の道と同時に、生理学、栄養学の講義を上司より勧められ、「教育者」としての道も歩むことになりました。初めての領域でしたので、夏のボーナスを全額注ぎ込んで国内外の専門書約30冊を購入し、独学した。執筆者が異なっていたので大変勉強になりました。これが後の研究者としての人生に大きく影響し、「やればできる(不可能なことはない)」「学ぶことに最大の価値を置く」「基本に戻る」が私の精神、哲学となっています。振返れば、業績として論文などの原稿執筆、国内外での講演、特許など、総計1500件以上となり、さらに、講義を45年間行い、教え子は1万人以上になります。年間60件以上の業績を出したことも何度かあります(メニューのプロフィール参照)。現在76歳、良い家族と仕事と仲間に恵まれ、多くの人々に支えられた人生でした。(近藤雅雄、2025年11月16日掲載)

病気と治療10.わが国の医学および医療の問題を独自検証

問わず語り~いつまで続ける西洋医学単一医療

 明治7(1874)年、わが国の医師法と医療制度の根源を成す「医制」が発布されて以来、西洋医学を基礎とした体制が150年以上続いています。医師は患者に対して、診断・治療を理由に、各種検査や投薬、手術、放射線療法、食事療法などすべてを遂行でき、また、看護師、薬剤師、理学療法士などの医療従事者の職務を指示・管理できます。
 日本では専門医制度が発展し、資格を取得した医師による診療が行われています。大学病院など「特定機能病院」では極端に専門化し、高度医療の提供を開始しましたが、逆に専門領域以外の病気は診なくなりました。例えば、血液のがん患者が高血圧症を合併した場合は循環器の専門家に紹介します。肝機能の数値が高ければ肝臓の専門家に回します。このように患者は院内の他科に紹介されます。そして、その都度検査や薬が処方されます。日本の医療の基本は検査と薬物治療です。専門及び総合病院にはからだ全体を診る医師(総合診療医)は少ないので、患者は専門の各科または他の病院へ移動します。
 そして、やがて患者は各診療科の専門医から処方された多くの薬の副作用とその複合作用でどんどん衰弱、がんは転移、さらに、さまざまな検査(とくにCTやレントゲン検査などによる酸化ストレス)と心身疲弊で免疫力が低下、全身のバランス、生体リズム・恒常性が崩れた段階で手遅れ、手の施しようがなく、両手を挙げる如く、お手上げとなりかねません。しかし、総合診療医制など、現代医療が抱えている多くの問題を検証し、抜本的な改革をすれば手遅れにならず、手当てできるようになるでしょう。
 米国では1990年を境にがん死亡率は低下しています。そして、さまざまな医療改革(代替・補完療法(CAM)や食事療法を取入れ、1991年、日本の厚生労働省に当たる行政機関に代替医療局(現在は公衆衛生局)を設置し、1998年には国立補完代替医療センター(NCCAM)を開設した)によって、西洋医学に伝統医学、代替・補完療法などを加えた統合医療が行われています。しかし日本では公衆衛生の部署すら無く、がんの死亡率は今も増え続けています。
 そこで、日本医療の進化を図るために、現代医学が抱えている多くの問題の中から抜本的な改革が必要と思われる以下の4章,15項目について独自検証しました。

 第1章.代替・補完医療と統合医療の進展(①いつまで続ける医師主体の医療,②西洋医学一辺倒の日本の医療,③米国が国立補完代替医療研究センター開設,④薬物依存治療偏重の是非,⑤医師の診察のあり方を問う,⑥大学医学部のカリキュラムの見直し,⑦がん死亡率が減少しない)。第2章.総合診療の拡充を期待(①総合診療を行う医師が少ない,②何故、総合診療医が育たない)。第3章.我が国の医療進化を期待(①医療機関のあり方,②医師の数と家庭医が足りない,③厚生労働省医政局への期待)。第4章.その他の諸問題(①永遠と続く安楽死問題,②臓器移植の停滞,③医師の偏在対策)
 内容は以下のPDFを参照して下さい。(近藤雅雄、2025年10月23日掲載、2025年11月11日更新)
PDF:日本の医療を独自検証2

病気と治療9.がん診療連携拠点病院の相談支援強化に期待

 某有名私立大学医学部附属病院(大学病院)には「がん相談支援センター(以下、センターと略)」があり、「がんに関する治療や検査、療養と就労、教育との両立についてなど、さまざまな心配事や不安についてご相談をお受けします」とあります。そこで、早速相談してみました。
 内容は、自宅療養中に約1週間発熱が続き、外来に電話したが医師がいないため、センターに電話をしました。相談内容は、①治療法について主治医以外の医師の意見を聞きたい、②悪性リンパ腫の患者会の存在、③現在の病状の対応について、の3点です。
 電話に出たのは看護師で、医師はいないという。①については、「病院内で他の医師の意見を聞くことはできない。他の病院に行けばよい」ということでした。②については患者会はなく、センターではその実態はわからないという。また、③の現在の病状について、発熱に対する対応については全く相手にされませんでした。外来に電話しても担当の医師がいない。また、主治医とは連絡ができないシステムになっているため、センターに相談したのですが、話を聞いてもらえず、精神的苦痛だけが残りました。がん患者にとっては全く理解できない内容でした。

「がん相談支援センター」への期待
 厚生労働省では「がん診療連携拠点病院等における相談支援について」センターの業務を12項目挙げています。大学病院にはこの項目を基本とした業務の強化を期待します。
 センターが患者のために機能していると、患者は安心して在宅療養できます。「がん最前線」の情報を持つ大学病院のセンターが中心となって、患者との意思の疎通を十分に行い、患者からアンケートを取り、統計学的に患者の意見を集約し、チーム医療を引っ張っていくよう期待します。そのためにも組織と業務の改革を行ってほしい。例えば、センター長は病院長の下、副院長として教授相当の人材を配置し、医師・看護師・薬剤師などがんに関わる医療関係者を統括し、患者のための相談支援機能を持った組織にする。さらに医師・看護師などの治療を評価・監督できる機能を持つよう期待します。
 また、特定機能病院日本医療機能評価機構の認定を受けた大学病院ではがん患者のQOL向上と死亡率の減少に繋がるよう日常的な自己点検・評価と第三者による点検・評価、並びに病院間の情報の共有を行い、同時にチーム医療に関わるスタッフの卒後研修ならびにリカレント教育などを徹底して取組んでほしい。(近藤雅雄、2025年10月15日掲載)

病気と治療8.総合病院における「チーム医療」推進を期待

 厚生労働省は「チーム医療の推進について(案)」を7つ挙げています。その内の一つ、『チーム医療とは、「医療に従事する多種多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と一般的に理解されている。』とあります。しかし、私が3度の入院中で経験した現状とは異なっていました。

 この健康・栄養資料室「病気と治療7」で述べたように、私が肺炎で大学病院(特定機能病院医療機能評価機構認定病院)の血液内科に入院した時は主治医や担当医の記載がないまま、6人の病棟医師(内2人が研修医)によって治療が行われました。治療を計画、実行する責任者は誰だか不明です。そして、医師を中心として看護師、薬剤師、理学療法士が治療に関わりましたが、その連携はありませんでした。まず、医師について、末梢神経障害を訴えましたが、残念ながら聞きとめる医師はいませんでした。医師は患者の言葉(ナラティブ)を聞き、治療に当たるのですが、全く基本的なことが行われていないことに驚きです。また、薬の副作用を何度も訴えましたが、担当医師、看護師は対応せず、当直の医師(内分泌内科)が対応しました。
 薬剤師については、持病薬を病室に持って来ましたが、副作用との関係を聞いても説明できず、また薬の複合的副作用について説明できる薬剤師はいませんでした。薬を持ってきただけで薬剤管理指導料を取る。また、理学療法士が勝手に病室に3回来ましたが、雑談しただけで、リハビリ指導料を取る。さらに看護師については本資料室「病気と治療5,7」に示したようにチーム医療とは言えない作業でした。これでは、患者の心身をさらに傷つけ、そして高額の医療費による生活の困窮など、明らかな医療過誤です。残念ながら、これが大学病院に限らず、多くの病院の現実と思われます。

チーム医療への期待
 病院には患者の立場にたったこころの医療(他者理解、仁愛)を期待します。チーム医療は、安心・安全な高度医療を提供するため、主治医を中心とし、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士など、さまざまな専門職がそれぞれの専門性を活かし、情報や目的、治療法を共有しながら連携を密にし、患者一人ひとりに最適な医療を提供することです。
 「チーム医療」によって、患者の心理的・社会的な側面を含めた多面的な支援が可能となり、患者のQOL向上と自然治癒力の向上が期待できます。そのためのリカレント教育(または研修)が必要ですが、患者が安心して、より良い療養生活が送れるようチェック体制の強化、医療環境の充実、ガバナンス強化、情報の共有・連携など、チーム医療の推進、総合的な医療体制の構築・強化を期待します。(近藤雅雄、2025年10月15日掲載)

健康情報14.レーズンの腸内環境改善など9つの健康効果

 レーズン中の食物繊維は腸内環境の改善に伴う整腸作用、大腸がんの予防、鉄分は貧血予防、カリウムはむくみ予防・血圧調整、ホウ素はエストロゲン、ビタミンDの活性化による骨粗鬆症の予防、ポリフェノールはアンチエイジング、生活習慣病予防など、多様な健康効果が期待されています。その効果を纏めると、①整腸作用、②貧血予防、③むくみ・高血圧予防、④抗酸化作用、⑤エネルギー補給、⑥美肌効果、⑦骨の健康保持、⑧眼の健康と疲労回復、⑨GI値が低く、食後血糖上昇の抑制(糖尿病の予防)の9つが挙げられます(詳細はPDFを参照)。
 レーズン摂取の目安は1日50~60粒程度(30gのレーズン、約97kcal)です。一般的に、高齢になると共に便通が悪くなるようです。私も同じでしたが、毎食後、野菜と15粒前後のレーズンを摂取してから、便通は改善しました。

 レーズン中の主な栄養成分を「食品成分表」及び「食品の微量元素含量表」にて調べました。
 可食部100g当たり、エネルギー301kcal、たんぱく質2.7g、脂質0.2g、炭水化物80.7g、食物繊維4.1g、ポリフェノール0.4g、ビタミンB群、A,E、ナトリウム12mg、カリウム740mg、カルシウム65mg、マグネシウム31mg、鉄2.3mg、ホウ素0.76mgでした(詳細は下記PDF)。
 食品成分の特徴として、水溶性・不溶性の食物繊維がバランスよく含まれています。不溶性は腸に刺激を与えて便通を促し、腸内の有害物質の排泄を促進する効果があります。水溶性は善玉菌のエサとなって腸内環境を整える作用や、最近の研究結果ではレーズンの酒石酸と食物繊維の組合せが、大腸機能と腸内環境改善・健康保持に大きな役割を果たし、結腸がんの予防も示唆されています。
 ミネラルについては、カリウムがナトリウムの約62倍と多いため、体内の余分なナトリウムを排出し、ミネラルバランスを整え、むくみや高血圧の予防・改善の効果が伺えます。また、ホウ素(すべての哺乳類に必須な元素であると考えられています)が多く、エストロゲンやビタミンDを活性化することから、骨粗鬆症を抑制し骨を丈夫に保つ働きが示唆されます。
 ポリフェノールとしては、エピカテキンアントシアニンが含まれていますので、加齢や生活習慣病の原因となる活性酸素の除去、疲れ目の改善に役立つと思われます。下記PDFを参照して下さい。(近藤雅雄、2025年10月14日掲載)
PDF:レーズンの主な健康効果

教育回想13.国際鍼灸専門学校を創設し,三療を普及した偉人

海を渡った偉人、鬼木市次郎先生の学園創設と国際貢献

 鬼木先生は“あはき”の国際的発展をめざし、世界を渡った偉人として有名です。
 盲人文化史年表(1992年)には『鬼木市次郎氏(1912~2007年)の両親はペルー移民。十代で視力が低下し、1928年福岡県立柳川盲学校入学。卒業後、1934年満州に渡って治療院を開業、1946年に帰国。1954年東京で開業。1957年には日本マッサージ学校の創設。1973年、父母の墓参のためペルーへ、これを機に、南米に三療を普及させ、盲人に三療の技術を身に付けさせようと活動を開始。1990年、ブラジルのサンパウロに伯国盲人国際交流教育協会を組織し、1994年鬼木東洋医学専門学校を開校しました。同校には診療所も併設されている。』と記載されています。
 また、ニッケイ新聞2007年4月6日付では、『鬼木さんは1990年、サンパウロ市に伯国鬼木東洋医学専門学校を創立し、ブラジルの視覚障害者の職業自立に力を注ぎました。同校は93年に聖州(サンパウロ)教育局の認可を取得。当初は視覚障害者の自立支援を大きな目的としていましたが、現在は健常者も学んでいるそうです。さらに、米国カリフォルニア大学の東洋医学名誉博士、中国鍼灸もぐさ協会の評議員を務めるなど、国際的に広くご活躍されました』とあります。
 また、「知られざる日本人 南北アメリカ大陸編 ―世界を舞台に活躍した日本人列伝,2007」(太田宏人著)では野口英世と共に紹介されています(下記PDF参照)。
 筑波大学人間総合科学研究科の中田英雄教授は1997年にサンパウロで開催された第10回国際視覚障害者教育会議で鬼木氏と会い、ブラジルでの活躍に対して「鬼木夫妻を駆り立てたものは何なのか、未だに自問している」と述べています。

 このように、先生は国内外にて盲人教育に貢献しました。そして、国内では上野に「日本マッサージ学校」を創立、1967年には、はり師、きゅう師を加え、三療体制となりました。1970年、現在の葛飾区立石に移転、国際鍼灸理療学校と改称、1979年には国際鍼灸専門学校と改称し、医療専門課程の専修学校となりました。1987年4月には同区青戸駅前に青戸校舎を建設し、国内外で“あはき”医療の普及に貢献されました。

 筆者は1990年、同校の栄養学非常勤講師時代に先生とお会いしましたが、前向きで、アグレッシブながら謙虚で大変立派な医療人でした。そして、先生の後を継いだ理事長、故鬼木和子先生、故鬼木誠一郎先生、そして現在の鬼木縁先生、皆、大変謙虚で立派な人格者です。そして、3つの国家資格(あはき師)取得に向けた素晴しい教育が行われています。皆様との沢山の良きご縁・思い出に感謝します。あはき師、三療を目指す人は多くの超優れた卒業生を輩出した伝統ある学園で、最高の講師陣、教育の質・環境の下、学ぶことができます。また、素晴らしい同窓会があります。(元校長、2025年10月8日掲載)
PDF:知られざる日本人

2025年10月、新型コロナウイルス感染症が急増している

問わず語り:口腔内を清潔に保って、ウイルスや口腔内細菌による感染を防御‼

1.歯磨きの効果

 口腔内には300~700種類の細菌(口腔内フローラ)が存在すると言われます。細菌数は歯をよく磨く人で1000~2000億個、あまり磨かない人では4000~6000億個、殆ど磨かない人では約1兆個存在すると言われています。菌としてはミュータンス菌、ラクトバチルス菌、ソブリヌス菌、ポルフィロモナス・ジンジバリス菌、トレポネーマ・デンティコラ菌、タネレラ・フォーサイシア菌など含まれます。これらの菌には虫歯、歯周病、感染性心内膜症、誤嚥性肺炎など様々な疾患との関係が注目されています。私も1月に肺炎になりましたが、原因として誤嚥性肺炎が考えられました。とくに高齢者は誤嚥に十分注意が必要です。口腔内細菌を減らす方法は歯磨き、フロスや歯間ブラシによる歯間清掃です。

2.うがいの効果
 新型コロナウイルス感染が流行っています。5類感染症に移行してから情報が殆どありませんが確実に増えてます。ここでは2つの事例を紹介します。
 第1例は、息子がコロナに感染し、症状は倦怠感、発熱(最大39.6℃)、喉の痛み、鼻水、咳が出て病院でコロナと判定されました。翌日、家族全員が同じような症状が出て病院で検査をし、コロナ陽性と診断されました。熱が上がったり下がったりで、3日間安静にし、4日目で熱が下がり元気になりました。5日目からは出勤しています。第2例は、3日前に喉の痛みと微熱位で健康であった人が友人3人とマスク無しで2時間ばかりお喋りした後、病院でコロナと判明、また友人3人もコロナと診断されたとのこと。この2つの事例が1週間でありました。感染者はかなり多いと思います。
 今回流行しているのはオミクロンの亜系統の一つでNB.1.8.1(ニンバス)です。症状の特徴は、のどの痛み:74%、発熱:72%、咳・痰:66%、鼻水:40%、頭痛:34%、体の痛み:25%、息苦しさ:16%、倦怠感・だるさ:14%と報告されています。味覚障害などはありません。但し、65歳以上の高齢者、基礎疾患(糖尿病,心疾患,慢性腎臓病,慢性呼吸器疾患)のある方、がんなど免疫機能の低下している方は重症化するリスクが高いため、特に注意が必要です。
 現在、インフルエンザとコロナが流行していますが、感染防御として「ぶくぶくうがい」と「がらがらうがい」の二つのうがいを習慣にすると感染が防御されます。外出後や人との会話の後など平時では水道水で十分です。紅茶によるうがいも良いです。緑茶は科学的根拠が不明です。喉に痛みやイガイガする時は“イソジンうがい薬”などが良いです。
 近年、飲食店、スーパーなどではアルコール消毒液を置いている店は殆どありません。また、従業員はマスクをしていません。マスク、手洗い、うがいを徹底し、部屋の喚起とアルコール消毒など、感染予防対策をしっかり行い、うつらない、うつさないを徹底した自己管理が大切です。(近藤雅雄、2025年10月7日掲載)

著書26.絆:明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ

「夢を紡ぐ,夢を繋ぐ」、夢の翼
 子どもの頃は、いつも夢で溢れ、ちょっとした不思議なもの・些細なことでも目を見張る感性があり(Sense of wonder)、明日を夢見ていた。

 少年期から青春時代にかけては一気に世界が広がり、将来への望みが多くなり、多様な夢を見る夢多き時代でした。しかし、夢の多くが夢で終わり、消えていった。
 老人になると、未来への夢を見なくなり塞ぎがちになるが、夢に生きる老人は新鮮に光輝いている。明日を夢見るこころを忘れてはならない。

 そして、いきもの大好き家族の夢を紡ぎ、夢を繋ぐことが大切であることを知る。
 夢は、こころとからだの健康と繋がっている。健康な人はこころもからだも生き生きとし、次々と夢を描いてはそれを叶えていく。夢は人生だ。

 幸福と平和の夢の実現にはただ憧れているだけではなく、強い意志とその翼が必要だ。
 夢の翼は、個性であり、知の創造であり、知の結集である。そして、ロマンであり、情熱であり、未来へ飛翔する不滅の力であり、真の勇気であり、愛であり、感謝である。世界の人々が手をつなぎ、平和な多様性のある地球社会がやってくることを夢見る。

 夢は人生であり、計画だ。皆が光り輝く夢を見て、教育(今日行くところがある)と教養(今日用事がある)を高め、皆がそれぞれの人生を楽しく前向きに歩んでいく。
 そんな「夢を紡ぐ、夢を繋ぐ」“”を大切にしたい。

  “絆”「わが家系の回想」(明治,大正,昭和,平成,令和,そして未来へ)
 本書(絆:近藤雅雄編,5人兄弟執筆,A4,92ページ,2021年4月1日出版)は、筆者が生まれ育った「近藤家」の未来への資料として纏めました。執筆した理由は、私たちは一人で生まれ、育ったのではなく、多くの人との関わり、絆があって誕生し、育つということを知って欲しい。そして、自分のルーツを知り、未来に向かって歩む力を身に付けるために。
 内容は明治生まれの父と母の生涯、その後を時代ごとに回想しました。父母は名古屋で生まれ、育ち、成長、やがて結婚し、東京で5人の子どもが誕生するまでの誕生期(1904~1949年)、5人の子どもが結婚し、子どもを授かるまでの黎明期(1950~1981年)、父母との永遠の別れと同時に5人の兄弟が成長し、新たな時代への転換となる創生期(1982~1997年)、5人兄弟の子どもが成長、孫が誕生し、次代への引継ぎと「千代の会」結成並びにその発展期(1998~2020年)、そして5人の兄弟すべてが高齢者となると同時に孫が成長、未来への扉が開き、持続可能な時代へと発展・移行を期する持続期(2021年~)として分けて整理しました。
 本書が10年後、20年後、50年後も引き継がれ、近藤家のすべての人が高い志、夢をもって新たな時代を担うべく、大きく成長し、社会へ貢献していって欲しいとの思いから纏めました。そして、両親の血を受継ぐすべての人が「いのちの尊さと感謝の気持ちを持って、人間として正しい判断力を身に付け、健康で質の高い生活を維持し、健康寿命の延伸を図って欲しいと願っています。また、後継者にはどのような遺伝子を受継いでいるかを知る貴重な資料ともなるでしょう。
 そして、地球上のすべての人が光輝く遺伝子をもって生まれてくるのです。その遺伝子が争いごとではなく、正しく教育・醸成され、人類が差別・格差なく、平和で、持続した国際社会の発展と持続した地球環境の保全に貢献することを願っています。(近藤雅雄、2025年9月23日掲載)