平成27年3月9日、厚生労働省厚生科学審議会疾病対策部会指定難病検討委員会はポルフィリン症を含め新たに44疾患が指定難病に追加され、総計306疾患が5月中に正式承認・告示がなされ、7月から重症患者に対しての医療費助成が開始されます。
ポルフィリン症については、難病でありながら長い間難病に指定されず、患者さんおよびその家族並びに医師、研究者など、それぞれが個別に難病指定への活動を行って来ましたが、平成9年、ポルフィリン症患者の会ができてからその活動は一層高まり、平成20年から全国にわたって署名活動が開始され、指定難病を受けるまでに集めた署名数は600,515筆に至りました。ここでは、ポルフィリン症が「指定難病」に承認されるまでの経緯を振り返ります。
昭和47年10月に施行された「難病対策要綱」では難病の定義として①希少性、②発症原因およびそのメカニズムが未解決である、③診断基準及び治療法が未確立である、④生活面への長期わたる支障があるといった4つの条件を満たすものを難病として認めてから平成26年までの42年という長い年月を経ました。この間に難病認定されたのはたった56疾病のみですが、その経緯・背景は不明のままです。平成21年度からは厚生労働省内で難病指定の見直しが行われ、平成26年8月28日に56疾病から110疾病が「指定難病」として追加・決定しました。さらに、平成27年5月までに合計306の疾患が「指定難病」に承認されました。
さて、今回「指定難病」として承認されたポルフィリン症は診断法が確立されているにもかかわらず症例数が少ないがゆえ、診断できる医師が少なく、治療法もない。発症すると長期間の入退院を繰り返します。その間、太陽に当たれないとか、仕事がないとか、日常・社会生活に大きな支障をきたします。したがって、生活の制約や医療費の圧迫により患者の心身的負担は膨大となり、QOLが著しく低下します。
これが難病認定されれば、これまでの56疾患のように、その疾患に対しては医療費の助成のみならず、治療研究の促進のための助成金など様々な行政的・社会的配慮が成されてきたことから、多くの難病指定されてこなかった疾患の患者会および研究者が立ち上がり、難病行政の法制化、指定難病を求めて活動を行ってきました。厚生労働省においても、継続的に公平・公正な難病行政についての検討がなされてきました。
1.ポルフィリン症とは
ポルフィリン症は生体重要色素ヘム(赤血球中のヘモグロビンや肝細胞内のチトクロームp450、生命エネルギー(ATP)を生産するチトクロームなどの作用基)の合成に関わる8つの酵素のどれかに遺伝的な障害を持つ代謝異常症で、多彩な症状を診る難治性の疾患です。日本では1920年に第1例が報告されてから今日までに日本の医学会では約1000症例しか報告されていません。
1)症状
遺伝子―酵素の異常によって9つの病型(ポルフィリン代謝障害)が報告されていますが、その症状は大きく急性型と皮膚型に大別されます。急性型は主に妊娠可能な女性に多く、重篤な腹部・神経症状の発作を繰り返します。つまり、患者さんは突然起る腹部の激痛、嘔吐、便秘を自覚し、運動麻痺、手足の知覚麻痺を伴います。また急性型の患者さんであっても病型よっては皮膚に日光が当ると炎症、潰瘍などを起こす光線過敏性皮膚症状も合併します。皮膚型の患者さんは、日光などの光曝露による光線過敏性皮膚症状が主ですが、重度の障害では骨軟骨の欠損脱落、肝硬変、溶血性貧血や脾腫を合併して日常生活が困難となる場合が多く見られます。
2)原因・誘因
ヘム合成に関与する8個の酵素のうち、たった1つの遺伝子の異常によって、ヘム生産量の減少と途中中間代謝物であるポルフィリンまたはその前駆物質(5-アミノレブリン酸、ポルホビリノーゲン)が過剰生産・蓄積され、多彩な症状を引き起こします。本疾患の殆どは遺伝性の代謝異常ですが、発症には日光、月経・妊娠・分娩、各種医薬品、疲労、各種ストレス、ダイエット、飢餓、アルコール多飲などの後天的要因が必ず必要です。
3)治療
すべての病型において対症療法しかありません。急性型については、欧米ではヘム補給薬が使われ、日本でも平成25年に保険適用されましたが、1回の投与が8万円、これを1カ月使用すると40万円の負担となります。また、皮膚型においては、光線過敏症状の治療というものはなく、日光や明かりを避けるために外出の制約が強いられます。
4)予防・検査・窓口
ポルフィリン症は誤診で悪化させるケースが多いので、とにかく発症前に早期診断・予防することが何よりも重要です。しかし、未だに一般検査はなく、専門医も極めて少ないのが現状です。
2.難病指定への道
私は21歳時からポルフィリンの美麗な生命色素に魅了され、ポルフィリン代謝産物および諸酵素活性の測定法の開発、ポルフィリン代謝調節機序並びにポルフィリン症の診断法や診断基準および治療法について研究してきました。その過程で、28歳時にポルフィリン症の子どもの患者さんと出会い、生涯の研究テーマとして、この病気に関わることとなりました。そして、患者さんの要望によって平成9年には全国ポルフィリン代謝異常患者の会「さくら友の会」を設立し、同時にポルフィリンに係る学術学会「ポルフィリン研究会」を立上げ、様々な方面から患者さんの立場に立った研究・教育活動を普及してきました。しかし、毎年、多くの若い「いのち」を失い、患者さんにとってはいつも時間がありません。また、難病に指定されていなかったことから本格的な治療研究も行われてきませんでした。そこで、ポルフィリン症を含めて多くの難治性の希少疾患についての治療研究の推進、行政の支援が得られるよう行動を開始しました。
3.日本の難病行政に対するアクションと難病指定を受ける意義
ポルフィリン症は、国が示す難病4条件をすべて満たしていながら、長い間、なぜ難病に認定されないのであろうか?ポルフィリン症を診た事のある医師の殆どが、なぜ難病に指定されないのかといった疑問を持っていました。また、同じような疑問が全国の人々から寄せらました。
ポルフィリン症患者の多くは日常生活に制限が加えられ、或いは、体力が著しく低下するなど、相応の収入が見込める職につくことが難しいのが現実です。したがって、多くの患者さんが適切で継続的な治療を受けることが出来ずに苦しみ、これからもこの苦しみから抜け出すことが出来ない状況が続くと思いました。この不条理な状況を少しでも変えるためには、国による難病指定を受けることが不可欠であると思いました。
ポルフィリン症は希少疾患であるため誤診や事故が後を絶ちません。この様に、ポルフィリン症は国の難病事業の対象疾患として、まさに適合する重大な疾患であることから、難病指定を求める運動を平成20年より開始しました。平成21年11月には、全国から410,520筆の署名を長妻昭元厚生労働大臣に提出すると同時に民主党内に「ポルフィリン症を考える議員連盟」を結成し、川上義博元参議院議員が会長(顧問:故西岡武夫参議院議員)となり、日本における難病対策の在り方について提言してきました。平成24年1月には140,028筆の署名を小宮山洋子元厚生労働大臣に提出、平成26年4月には42,837筆の署名を田村憲久元厚生労働大臣に提出、平成26年9月25日には379筆の署名を永岡厚生労働副大臣に提出致しました。また、鳥取からは「池谷兄弟を応援する会」が立ち上がり、鳥取県知事、境港市長への陳情、さらに、さくら友の会と歩行を合わせ、先の大臣陳情を行いました。さらに、島根県済生会江津総合病院堀江裕院長(現在名誉院長)と共に竹下亘衆議院議員(現復興大臣)など国会議員への陳情を行いました。これらの活動を通して、ポルフィリン症の難病指定の実現に向けて長年に亘り粘り強く請願を続けてきました。この間にさらに3893筆の署名が集まり総計60万を超す署名数となったことは、大変重たく受け止めております。
これら活動の意義として、ポルフィリン症が難病指定されれば、医師、医療機関に広く正しくこの病気を知る良い機会となり、誤診や事故を著しく減らすことにも繋がります。さらに、治療の研究が加速することが期待されます。そして、何よりもこれまで理解されなかった病気が難病として認められたことに大きな意義があると思います。つまり、これまではわけのわからない病気として追いやられていたのが、国が認めた病気ということで、医療機関、行政・社会での対応も一変し、真摯に、前向きに注視されることが期待されます。
4.患者会の活動
平成20年、患者会の室谷一蔵会長は、治療研究の推進、行政支援、生活への支援が得られるよう、全国署名活動を開始しました。そして、平成21年より、北海道から沖縄まで、日本全国の支援者から頂いた総計600,515人の署名を厚生労働省に持参し、難病指定を求めてきました。その結果、平成21年度に初めて厚生労働省の難治性疾患克服研究事業として「遺伝性ポルフィリン症の全国疫学調査並びに診断・治療法の開発に関する研究」が採択され、近藤(元東京都市大学人間科学部教授・学部長)を研究代表者として、我が国において初めて、患者の立場に立ったポルフィリン症の調査・研究がスタートしました。さらに、急性ポルフィリン症の未承認薬については長い年月がかかりましたが、患者会の地道な活動によって、平成25年には保険治療薬として承認されるに至りました。しかし、この時点において、ポルフィリン症が難病に認定されたわけではありません。患者会理事の大変な活動によって、平成27年3月にようやくポルフィリン症が指定難病として承認されました。
患者会は、引続き、経済大国、医療の先進国として、日本に住むポルフィリン症の患者さんを含め多くの難病患者さんが安心して生活し、安心して高度先進医療が受けられるよう、医療と福祉の充実を国に強く求めていきます。
5.国の難病指定の在り方
現在、世界中で難病と言われている疾患が7,000以上あり、公平な難病指定の在り方が問われてきました。平成21年に民主党政権に移行してから漸く「難病対策の現状と課題について」厚生労働省を中心として本格的な議論が始まりました。平成25年に自民党政権に復権してからは、「難病医療法」が5月に成立、平成27年度から施行することが決まり、厚生科学審議会疾病対策部会の「指定難病検討委員会」が中心となり、指定難病の各要件(①治療方法が確立していない、②長期の療養を必要とする、③患者数が人口の0.1%程度に達しない、④客観的な診断基準などが確立している)を満たすかどうかの検討が開始されました。平成26年度までに56疾患が難病として認定されてきましたが、平成27年度に約300疾患に拡大し、対象患者をこれ迄の78万人(この中には希少疾患から外れるパーキンソン病(患者数約10万9千人)や潰瘍性大腸炎(患者数約14万4千人)なども含まれている)から150万人に増やし、患者数は人口の0.15%にあたる18万人未満を目安に決められました。しかし、現在わが国において指定難病を求めている疾患は約600あり、今後も増加する傾向です。
6.健常人と患者とは
ところで、すべての人間が10個以上の遺伝子の異常を持って生まれてくる。しかし何の自覚症状もなく健康な人が殆どです。ところが、ポルフィリン症のように、その遺伝子の異常が病気となって現れる人もいます。
健康の反対が病気ですが、これまで健康であった人が、何らかの原因によって病気になった時に、人は初めて健康の有難さを考え、誰もが二度と病気になりたくないと思うものです。ところが、病気を持って生まれてきた人は、どうでしょうか。彼らは健康に対する願望といのちを大切にするこころが健康な人以上に強く、また、健康な人以上に感謝の気持ちを持っています。私たち健常者に足りないものを多く持っています。今の人間社会に欠けているのは、いのちを大切にするこころと、相手のこころの痛みを自分の痛みと感じる「思いやり」のこころ、そして信頼できる温かい人間関係の輪を作ることです。
7.患者さんの意見
患者さんはいつまた再発するかについての不安、いのちの不安、遺伝の不安、社会復帰の不安、生活の不安、学習環境の不安、人間関係の不安等々、深刻であり、これらがストレスとなって再発を繰り返します。以下に患者さんの切なる主な意見を記載しました。
1)皮膚型ポルフィリン症患者の意見
(1)日光を避ける生活がいかに大変か実感。「太陽が怖い」と落ち込んで学校を休んだことも。これからの成長でこころが心配。
(2)男子なので外遊びを禁じるとストレスがたまる。友達もいなくなり、休み時間も一人でいることが多くなり心配。
(3)小学生の頃は、人と違うことが嫌で学校行事に参加。しかし、なかなか行動がコントロールできず、痛みに苦しめられる。もっと病気のことを多くの人にしってもらいたい。
(4)小学校の頃は、長袖長ズボンで学校は送り迎え。娘は一人暮らしをしている。いつ発症するかと思うと心配。肝機能についても心配。初潮を迎えると貧血があった。
(5)3歳で発症してから孤独な気持で過ごす。同じ患者さんと情報交換したい。
(6)入退院や、病気のことで転校した。病気への理解を伝えたい。
(7)健常者に病気のことを話しても理解してもらえず、軽くみられることが多い。早く難病認定になるよう出来ることがあれば協力したい。
(8)病気のこともいろいろ知りたい。2年前に流産。産婦人科の先生は皮膚が弱いことを言い当てたが、皮膚科の先生からは関係ないと言われた。病名が何かわからない。
(9)娘を妊娠中、蕁麻疹がひどく皮膚科で紫外線を当てる治療をした。そのことを後悔している。娘の症状を日光だと感じつつ、診断がつくまで4年、これもまた後悔される。もっと多くの人に知ってもらい。娘の将来に悩みは尽きない。
2)急性ポルフィリン症患者の意見
(1)毎月1回以上入院している。学校は送り迎え、体育見学、腹痛嘔吐がない時でも微熱あり。入院中は絶食その後通常の半量。とても心配。
(2)妊娠の度に体調が悪くなり、2番目の子は未熟児、3番目の子は死産した。その後、子宮筋腫で手術。地方の医師ではなかなか病名を理解してもらえない。
(3)親戚がキャリアかどうか調べてもらうために病院へ行ったが、知らないと言われた。まずは病名を内科医に知ってもらいたい。
(4)近所の開業医では診てもらえない。子どもがほしいが、産後どうなるかと不安。
(5)重い発作の度に孤独感を味わう。医者、周囲の無理解、中途半端な知識を埋めるべくいちいち説明する。
(6)歯医者に行き麻酔をかけるとき塩酸リドカインが禁忌薬と判明。医師と相談したが、冷たく扱われた。相談する人がいない。
(7)娘が2人、検査を受けさせたいが、高額で躊躇する。自分は結婚、出産後、発症したため夫の理解が得られない。
(8)いつも頭がぼーっとし、発作が繰り返し出現。同じ状態が続くのかと思うと不安。
8.参考文献
1)近藤雅雄:ポルフィリン-ヘム代謝異常、先天代謝異常症候群(第2版)・下、別冊日本臨牀・新領域別症候群シリーズ No.20、p.165 (2012).
2)近藤雅雄:ポルフィリン代謝異常、内科学書、改訂第8版、Vol.5、内分泌疾患、代謝・栄養疾患、中山書店、p.424 (2013).
3)遺伝性ポルフィリン症:厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患等克服研究事業)総合研究報告書、2009~2014
(近藤雅雄:全国ポルフィリン代謝障害患者会「さくら友の会」事務局代表、2015.6.5掲載)