クローズアップ 先天性代謝異症の「ポルフィリン症」を救えないか
ひとり頑張る近藤先生
「ポルフィリン症」という遺伝病がある。この病気は、1923年にA. Garrodによって先天性代謝異常症の中で最も代表的な病気として報告され、わが国においても、1920年に最初の報告が東北帝国大学よりなされ、現在までに国内では1000人弱の患者の報告がある。しかし発症するのは遺伝子の異常を有するヒトの約2割で、その他はキャリヤーとして、未病の状態で存在する。
ポルフィリン症は生命の根源物質であるヘムを生産するポルフィリンの代謝に関わる8つの酵素遺伝子の内、どれか一つの異常によって発症するため、多くの病型が報告されている。臨床的には神経・精神症状を主な症状とした「急性型」と光線過敏性皮膚症状と肝障害を主な症状とした「皮膚型」に大別される。
これらの病型の発症年齢はさまざまで、とくに強い紫外線曝露や思春期における月経などの性ホルモンバランスやさまざまなストレスや多くの薬が症状を誘発するという。
その理由は、ポルフィリン及びその前駆物質が体内に過剰産生され、過剰蓄積されたポルフィリン代謝関連物質から一重項の活性酸素やヒドロキシラジカルが発生し、それが原因でさまざまな症状を引き起こすことが推測されている。こうした症状の発症を予防するにはストレスを貯めないことと,日常的に抗酸化食品やビタミン、ミネラル類を過剰摂取することの重要性が言われている。具体的には、細胞内外で抗酸化機能を有する抗酸化成分(Luteorin, Quercetine, Piceatannolなど)やビタミンA, E, C, B群、Fe、Zn, Cu, Mn, Seなどの抗酸化及び免疫に関与する物質を多く含む食品を指す。患者によっては独自のニンジン・ジュースなどを開発し、発症を予防している人もいる。
太陽に嫌われる病気
ポルフィリン症は、ヘムができないこととポルフィリン代謝関連物質の過剰生産によって、ある日突然に太陽に嫌われ、酸素を運搬することが出来なくなる病気だ。つまり、太陽などの光に当たると、皮膚がどんどん傷害され、皮膚や骨がなくなっていく。
また、酸素の供給が途絶えることにより、全身の機能性代謝異常が起こり、神経症状や、内分泌症状や、肝障害や、貧血など、極めて多彩な症状を呈する。
「多彩な症状」に対する医師不足
したがって、今日の医学では、内科でも呼吸器、循環器、消化器、腎臓、神経などといった具合に、専門医制度によって各専門分野が分かれているため、ポルフィリン症のように多彩な症状がある場合には診断できない医師が多い。「急性型」では誤診率が実に約80%と多いのも特徴である。アジアではポルフィリン症を診断する医師や研究者が少なく、日本以外にあまり報告がない。
また、「急性型」のポルフィリン症では、性ホルモンバランスの変化、各種ストレスや医薬品(これについては、これまでに多くの禁忌薬剤が知られているが、次々に開発される新薬については殆ど不明といわれている)、月経の前や妊娠した女性、分娩後に突然発症し、症状が進むにつれ痛みが増し死に至るケースもあるというが、国内にはこの病気に対応した薬がない。欧米から輸入する場合は1か月分で約100万円という高額になる(2025年1月現在ではいくつかの治療薬が承認されている)。
一方、「皮膚型」では、光線過敏症のために皮膚がどんどん侵食され、骨が徐々に壊れ、手足の指がなくなったり(図参照)、頭の場合は頭蓋骨が見えたり、鼻骨が陥没していくような重篤な症例も多く知られている。このように、ポルフィリン症は、一度発症をすると完治は困難で、生活の制約や医療費の圧迫で患者の負担は膨大となる。
行政の援助が得られない
こうした極めて困難な病気であり、さらに優生学上の問題や子どもの就学の問題など多くの行政的な課題が山積している。そこで、厚生労働省を初めとして関係各行政機関にその実情を訴えているものの、いまだに薬の許認可や難病の指定など行政の援助が受けられないのが現状だ(2025年1月現在、患者会の活動によって未承認薬の認可並びに難病指定がされた)。その主な理由は、患者数が極めて少ないこと、発症しないキャリアが多いこと、および病気の原因が遺伝子の病気であり原因不明の病気ではないこととされている。
日本で、患者の目線で活躍するたったひとりの研究者、近藤雅雄氏
現在、日本国内のポルフィリン症の研究者は殆どなく、近藤雅雄氏(東横学園女子短期大学教授)は20代にこの病気に出会い、以降36年間「ポルフィリン症患者の会(さくら友の会)」やポルフィリン研究会を創設し、この病気の存在を広く国内外に認知させることを目標として精力的に研究・講演活動を続けてきた。
しかし、最近では、専門機関や大学の若手研究者は予算のつく最先端の研究に従事してしまうことが多く、敢えてこうした難しい病気に取り組もうとする研究はいない。また、この病気を理解できる医師も少なく、深刻な状態だ。
今後の課題
本疾患は患者数(毎年数十例の新患が報告)が稀少なため、その特異的な臨床症状を見逃し、また、検査体制が不備なことから診断が遅れたり、あるいは誤診されたりする率が非常に多く、誤って無駄な治療や手術をすることも多い。また、治療法がなく、病状が進行すると若くしてやむなく死の転帰をとることが多い。
これらの背景として、本疾患に対する医師への啓蒙、広報が不十分なこと、また、一般検診にてポルフィリン測定が行なわれていないため早期診断が困難なこと、診断基準や薬物影響がはっきりしないことなどが挙げられる。その一方で、せっかく優秀な医師によって発見されても治療および患者のケア-法が確立されておらず、対症療法しかないのが現状であり、また、患者によって治療の方法が異なるのが悩みの種となっている。このような多くの課題を抱えているが、現在、最も早急に取りかからなければならないのは、患者への行政的支援、難病申請とポルフィリン症が発症した場合の症状を抑える治療薬の開発である。
治療薬については、最近、急性ポルフィリン症の症状発現を抑える医薬品、ヘム-アルギニン酸およびヘマチンが開発されており、本医薬品使用により症状が改善されたとする多くの論文があり、その有効性および安全性が確認されている。欧米ではすでにこれらの医薬品は公的に認可されているが、日本ではいまだに保険適用されておらず、早急に本医薬品使用の認可が望まれる(2025年1月現在この問題に対してはすでにクリアーしている)。また、同時に本症の誘発因子となる各種医薬品の安全性を評価するためのスクリニ-ング法の早期開発が望まれるところだ。
(FOODS RESERCH vol.627,26-27, 2007)